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 アキラとアロイスは、すでに席についていた。謝罪の言葉もかけず、二人から少し離れた位置に腰を下ろす。
 この場を取り仕切ろうと始めに声を出したのは、アロイスだった。

「それでは、始めましょうか」

 その確信に満ちた口調にかちんときたが、とりあえずは、好きなようにさせておく。

「なにから話していいかもまだ手探り状態ですが、話し合う前に、二つほどお願いがあります。まず、話をするときは手を挙げてから。そして、発言者が話している間は、口を挟まないこと。前者は、私がその人の唇を見るために必要なので、よろしくお願いします。後者は、意味のない罵り合いを避けるためです」

 意見は挙手をしてから。
 子どもの学級会かよ、と呟くと、その瞬間にアロイスと目があった。聞こえるはずもなかったが、その意味は充分に伝わったらしい。アロイスはすました顔で皮肉を言った。

「理由は今述べた通りです。反対意見でも?」
「俺は手を挙げるつもりはない」
「では、足でもあげてもらえるんですか?」

 面白くもないジョークは無視して、自分の用件だけを付け加える。俺が話し合いたいのは、誰がロケットに乗るかじゃない。俺達レス系の異能者を殺す手段が、どのようなものかだ。

「勝手に見ればいいだろう、唇でもなんでも。お前の事情なんか、俺は知ったこっちゃない。話し合いが必要なら、話してやるよ。だが、手を挙げてから話すなんて、お断りだ」
「……わかりました。挙手の件は、あなたはお好きなように。ただし、後者については納得していただけますね?」

 わざわざ答える気も起きず、おおげさにため息をつき、それを答えとした。
 ――しかし。

「それでは、ウォルシュ様が話す前に、私があなたに見えるように手を挙げます」

 後ろに控えていたシャオリーが、突然そんなことを言い出す。

「……勝手なことをするな」

 椅子に座ったまま振り返ると、シャオリーは最初に会った時と同じ無表情で、俺の言葉を無視した。

「ありがとうございます。それでは、話し合いを始めましょうか」

 アロイスが気にせず続ける。いったん彼に視線を戻すが、シャオリーの勝手な行動を、忘れることはできなかった。

「まず、自分たちの話をしませんか?」

 アロイスがなにかをわめいているが、その内容は驚くほど頭に入ってこなかった。シャオリーの件だけではなく、アロイスの話にも嫌気がさしていた。吐き気を催すたぐいの偽善の言葉だというのは、ぼんやりと耳を通り過ぎる単語で見当がついた。

「私たちはお互いのことを知りません。そんな状況で話し合いもなにもないでしょう? ですから、自分がどのようにして生まれ、どんな風に生きてきたか、そんな話をしませんか?」
「……おいおい、本気で言ってるのか?」

 かろうじて最後の言葉だけは意識に留めた。あまりに馬鹿らしすぎて、笑えるジョークだったからだ。

「時間は限られています。確かに、そんなことは無駄に思えるかもしれません。ですが、僕達は、この中から一人を選び、そしてその人物を――殺すのです」

 アロイスは、調子に乗って得々と話している。
 人を殺したこともないくせに。

「そう、殺すのです。自分たちが助かるために。だからこそ僕達は知るべきだとは思いませんか? 自分が殺す相手のことを。犠牲になる、哀れな子羊のことを。僕達は、愛さなければならないんです。お互いのことを。そのためには、知らなければなりません」

 哀れなのは、お前だ、アロイス。人を殺すということは、人を愛することとは違う。逆だとは言わないが、同じものでは決してありえない。

「くたばれ、偽善者」

 しかし、あえて口にしたのは、汚い罵りの言葉だった。

「くだらない。誰が、誰を愛するって? そんなことに意味はない。俺は自分のことを誰かに話すつもりはないし、お前達の話なんか聞きたくはない」

 かろうじて、わずかながらの真実をこの場にいる全員に披露した。
 過去の話は個人的過ぎ、誰かに話すことなど論外だ。そして彼らの話を聞くのも、時間の無駄にほかならない。

「困りましたね。それでは、他にご意見でもあるんですか?」
「意見なんてものも持ち合わせちゃいない。ただ、お前達のどちらかがロケットに乗るって言うのを、待つだけだ」
「それなら、待つ間の退屈な時間に、世間話でもしようじゃありませんか。それで僕があなたのことを愛するようになれば、僕が望んでシャトルに乗るかもしれませんよ?」
「だとしても断る。お前に愛されるくらいなら、死んだ方がましだ」
「ならついでに、シャトルに乗って、死んでもらえませんか?」
「お前が死んだ後なら考えてやるよ」

 アロイスはうんざりしたようにアキラへ向き直った。

「アキラ、あなたはどうですか?」
「俺は構わないよ。あんたたちの話は面白そうだ」

 アキラは、ずっと俺達の会話を無視するかのようにそっぽを向いていたが、アロイスの問いに即答した。

「それは結構。……ウォルシュさん?」

 そして、再びアロイスがこちらに視線を戻す。

「二人の意見が、一致しました。残るはあなた一人です」
「何度も言わせるな。俺は自分のことを話すつもりはない」
「では、僕達の話を聞きますか?」
「それも断る」
「なぜですか?」
「お前……頭がおかしいんじゃないのか? そんなことより誰が乗るかを早く決めちまえよ」
「どうやって? 殺し合いでもしますか?」
「そりゃ、わかりやすいな。生き残った奴が、シャトルに乗らなくてすむんだろ」

 自分でさっき言った言葉を忘れたかのように、アロイスは殺し合いという言葉を使った。愛し合うプロセスが抜けただけで、本質は変わらないというのに。