―――爆発。
 惑星メラネ=スペアの夜が、赤々と照らし出される。
 紅に塗装されたローダーが我が物顔で市街をのし歩き、次々と発砲する。
 大量のローダーによる奇襲の前に、この星は無力だった。
 警察用のミニローダーや武装二輪車では、惑星連合の軍事ローダーに太刀打ちが出来ない。
 銃撃で砕け散り、踏み潰され、中身ごと引きちぎられる。
 零れ落ちるオイルは血で赤く染められて……たちまち、更なる紅に燃え上がっていった。
 それでもこの星の人たちは、抵抗を止めはしなかった。

 「第七街区、突破されたぞ!」


 「生き残りを撤退させろ! 市道20号線で三次防衛ラインをつくるんだ!」


 火の粉が舞い込む駐機所が、臨時の司令所となっていた。
 軍人ではない。この街の警察官と、青年消防団。本来なら、戦士ではない人々。
 彼らが居るべき建物は、既に破壊されていた。
 持ち出してきた通信機だけが、たよりの戦い。
 援軍は……ない。この星には、軍備がない。
 降伏は……できない。敵には、占領の意思がない。


 「惑星連合の連中は、この星を見せしめに使うつもりだ……っ!」



 彼方の空で大きく膨れ上がった爆炎に、人々は血の滲んだ怒号を上げた。
 戦っても死。敗北しても死。
 だが戦わなければ、希望はない。
 そして、希望があれば、人間は立ちつづけることができるのだ。
 今もまた、両腕を失ったミニローダーが、駐機場に駆け戻ってくる。
 キャノピーが勢い良く跳ね上がり、搭乗者がずるりと地面に零れ落ちた。


 「……コニー! 無事だったの!?」



 彼女の同僚が慌てて駆け寄る。
 ぐったりとしたコニーの手は、肌の色がわからぬほどに、赤く濡れていた。


 「……コニー! 怪我したの!?」



 「……大丈夫、出血はクスリで止めたから。……何か飲ませて」


 非常用のボトルから水を流し込まれると、コニーは少しむせた。
 二、三度、喉を鳴らして深呼吸をすると……やがて彼女の目に、生気が戻る。


 「……電磁警棒の効かないタイプのローダーが前に出てきたわ。
  もう高圧放水銃と、速乾ベトン弾くらいしか、効き目がないわよ!」



 「わかった! ……誰か! ベトン弾のコンテナを前線に回して!」


 そうこうしている間にも、傷ついたミニローダーが、次々と戻ってきていた。
 五体満足なものは、一つもない。 腕のないもの、首のないもの。
 上半身が粉砕され、コクピットが剥き出しになったもの。
 全身くまなく銃撃を受け、シルエットが変わってしまったもの。


 「そのミニローダー、止めろ! 運転手が死んでる!」


 ……見た目は無事でも、電障弾の直撃で、中の主を失ったもの。
 軍事用に比べ、ミニローダーはあまりに脆い。まるで大人と子供の戦いだった。
 いや、戻ってこれるものたちは、幸いだったろう。
 白バイに銃をくくりつけて飛び出した勇敢なものたちは、一人として戻ってこなかった。
 彼らの中でどれだけが、成果を上げられたというのだろう。
 ……より弱き者達を守るため、弱き者達が死んでゆく。



 「……コニー! 動いちゃだめ!」



 「大丈夫……まだやれるから。ねえ、第七街区はどうなってるの? 私の家は?」


 コニーの問いに、同僚は一瞬、言葉を失った。
 そこは既に、突破されている。それはつまり、最低でも炎上し……最悪なら、灰燼に帰しているということだ。
 そして。住人が避難済みだという報告は、なされていなかった。
 だがそれを言えば、コニーの心が一気に挫けるのは、目に見えていた。


 「……大丈夫、まだ、まだ、敵は一歩も足を踏み入れてないよ!」



 不自然な明るさで、同僚は叫んだ。
 コニーはその明るさの意味を、薄々察してはいたけれど。それを問いただすだけの時間はなかった。


 「……じゃあ、もうひと頑張りしてくるね。だれか! ベトン弾をこっちに分けて」



 「コニー! 腕なしのローダーじゃ、つかえないよ!」


 「砲身は肩にくくりつけて! 発射は手動でやるわ。
   当てれば、敵を確実に足止めできんだから、是が非でもやらなくちゃ!」



 コニーは手早く準備を済ませた。
 ミニローダーが再起動し、軽い動きで立ち上がる。


 「軍事用のデカブツに比べて、こっちはフットワークが軽いのよ。勝負に持ち込めるわ」


 キャノピー越しに見上げれば、空はどこまでも赤く染まっていた。
 そしてその赤の中に、炎と共に飛来する、小さな点。


 「……あれは!?」


 それがロケット弾だと認識したのが、その日のコニーの最後の記憶となった。
 三日後。いまだ黒煙の立ち上る街を、コニーはひとり歩いていた。
 そこかしこに転がる屍は腐敗をはじめ、耐えがたい臭気を発している。
 だが、その中を歩きつづける彼女は、気にする様子もない。
 それどころか彼女のポケットにも、千切れた手がひとつ、ねじ込んであった。
 彼女の同僚が残した、たったひとつの形見となるものだった。


 「父さん……母さん……」


 上ずった声が、父母を呼ぶ。迷子になった幼子のように。
 べっとりと血で固められた髪の奥で、左眼だけが異様な熱と光を帯びていた。
 変わり果てた街角で、迷いとまどいながら。彼女はやがて、自分の家のあった場所に帰り着く。
 そこにあるのは、残骸。焼きつくされ、形も色も、全てを失った瓦礫。
 ようやく熱が失われたばかりのそれを、彼女は猛烈にあさり始めた。
 そして、僅かな時間が経った後。彼女は何かを見つけ、倒れるように地に突っ伏した。


 「……父さん! 母さん!」


 その叫びを最後に。彼女はしばし、笑顔を忘れることになる。
 怒りと憎しみが強さとなるというのなら……。
 彼女の両親は、自らの死をもって、娘に生きる強さを与えたのかもしれない。
 メラネ=スペアを地球が保護し、僅かな生き残りを救出したのは、一ヶ月後のことだった。
 多くの人々が心身を損なっていたが、それを静かに癒させる余裕は、地球にもない。薬物による緊急処置が施され、人々は僅かな安寧を得た。
 だが、そのなかで、安らぎを思い出せない者も、やはりいた。


 「あなた方が保護したあの少女ですが……通常の生活には、戻れないかもしれません」



 とある救出部隊の隊長に、医師が報告していた。


 「侵略後から救出されるまで、ずっと戦い続けていたようです。極度の緊張の連続だったようで、精神も肉体も、ほぼ廃人といってよい状態に……」



 「……それでも彼女は、戦おうとしているのね。敵と」


 医師がカルテをめくる。そこに書き付けられた、彼女の言葉は。
 ―――戦わせてください。復讐をさせてください。やつらを殺させてください。
 彼女の心は、それ以外の要求を失っていた。


 「……儂も随分多くの患者を診てきましたが、ああいう女の子を見ると、胸が締め付けられますな。なんと言って良いやら」



 医師は相手にカルテとカギを押し付け、髪の少ない頭を振った。


 「クロウディア隊長。彼女に生きる場所があるとしたら、もうあなたの部隊のような、特殊な世界だけなのです」



 「……わかったわ。できる限りの事はしましょう」


 コニーは放っておくと脱走しようとするために、隔離室に入れられていた。
 そこに足を踏み入れたクロウディアは、一瞬、息を飲む。白いベッドに死体が寝かされていると思ったのだ。
 骸骨のようにやせ細った、褐色の少女。だが彼女はまだ、生きていた。


 「……戦わせてください。……まだ、敵が……」



 乾ききった唇からこぼれる音は、人の声とは思えないほどに、しわがれたもの。
 身を起こす力は、とうになくなっているようだった。
 ……彼女に必要なのは、戦いではなく休養だ。それも、年単位の。
 クロウディアの持つ知識はそう判断していた。
 そして、コニー自身は、休養など欲していないだろうことも、感じていた。
 ぼさぼさの髪から覗く彼女の瞳には、光が灯っていたからだ。
 休息よりも、安寧よりも、戦いを求めている意志の光が。
 常人の目が宿す光とは、さまざまな意味で違う色の光ではあったけれど。


 「……以前の私のようね」



 ポツリと、クロウディアは呟いた。
 そして確信する。この少女の心は、まだ失われきってはいないと。
 あるべき少女のそれに、戻ることができると。


 「……広報部隊の子達の、手助けがあれば。私と、同じように……」



 クロウディアはコニーの目元に手を重ね……
 そのまま優しく、目を塞ぐように、撫で下ろした。
 労わるように……愛するように……。
 コニーがそのぬくもりに安堵して、眠りに落ちるまで、何度も何度も。
 広報部隊と生活を共にする中で、コニーがなんとか自分を取り戻したのは、ネクタルでの戦いが始まる少し前のこと。
 以後彼女は、広報部隊の正式な一員として行動しているが……。
 彼女が世の表舞台から消えていた期間のことは、決して公にされることはない。
 アリシアでさえも、他人に漏らしたりはしないのだ。
 いつかコニーが、隊長や仲間の助けなしでも、立っていられるようになるその日まで……。



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