「隊長! 転属依頼です。受け取って下さい!」


 クロウディア隊長の部屋に響き渡る声。
それは決意を表情に出したまま、体をくの字にしながらその依頼書を差し出しているマルグリッドから発せられた物であった。


 「うーん。……これは一応預かっておきます。でも……」


 クロウディアはいつも通り笑顔のまま、しかし少々のためらい混じりに続けた。


 「そんなにこの部隊に居たく無いの? リンリンとも……他の隊員達とも上手くやっていけているように見えるのだけど。……やっぱり、アレの事?」


 「そうです。自分は……もう我慢なりません! なんで、男達の喜ぶようなポーズをとったり、映像に撮られたりしなきゃいけないんですかっ!!」


 抑えきれずに感情的になり、激しく机を叩きながらクロウディアに詰め寄るマルグリッド。


 「戦意高揚のお題目は理解しております。しかし、あの屈辱的なグラビア撮影、PV撮影だけは自分は耐えられません!」


 マルグリッドは訳有って世の男性に恐怖、憎悪を少なからず抱いている。その事もあり、男性が喜ぶポーズを要求されるグラビア撮影などを、心の底から嫌がっているのだ。
 「……極力、撮影時に貴方の露出は控えるようにと撮影陣には言ってあるし、実際協力しても貰っているわ。でもね……」


 クロウディアは言葉を選びながら続ける。


 「民衆……人間は、隠されるとむしろ見たくなる。そんな心理が働くのか、毎月のアンケートでの貴方の出演のリクエストは、決して少ない数では無いのよ。広報部隊に所属してるのならば、これを断るのは、隊に居る意味自体無くなってしまう……」


 「ですからっ! その為の転属依頼……」


 「でもね」


 マルグリッドの言葉を遮り、クロウディアは続ける。


 「……でもね。貴方はこの部隊に必要な人材なの。戦闘部隊としての、この広報部隊に。私は自分の部隊の戦力ダウンを率先して行なう気は無いの。判って頂戴」


 「……失礼します」


 マルグリッドはそう言い残し、隊長室を後にする。納得した訳では無い。だが、これ以上押し問答しても事態は好転しそうもない。ここは退くしかないと判断したからだ。しかし、最後に、


 「……自分が、隊長に必要とされている事は嬉しく思います。ですが、それでも……隊を出たいという思いは、翻った訳でも有りません。……また相談に来ます」


 と言い残し、今度こそ本当に隊長室を後にした。
 数分後、まるでマルグリッドが出て行くのを待っていたかのように、代わって隊長室を訪れる人物が居た。リンリンである。


 「あのー……たいちょ〜う、マルグ、どうでした?」


 リンリンはマルグリッドとの同期入隊者であり、またこの部隊に誘った張本人でもある。
 面と向かってしまうとついからかってしまう彼女も、さすがに陰ではマルグリッドの進退問題を真剣に心配している。


 「マルグ、また転属依頼を出しに来たんですよね?」


 「そうよ……でも安心して。とりあえず私預かりという事で、保留してあるから」


 「ホッ。良かったぁ」


 「でもね。このまま不満を持った状態で隊の実務にあたって貰うのは、彼女にも、そして隊自体にとっても、決して良い事では無いわ。それに……もしその事が影響して何か問題が起こったら……」


 「起こったら?」


 「今のままじゃ居られない、でしょうね。転属を認める事、もしくは上層部からの命令としての転属って事もありえるわ」


 「そんなぁ!」


 普段は底抜けに明るいリンリンからは想像も付かない程の悲痛な叫びがあがる。


 「なんとかならないの!……ですか隊長。私はマルグに、苦痛なく居られる居場所を、いっしょに作ろうって……そう約束したんだもん!」


 リンリンには似つかわしくない敬語混じりな物言いに苦笑いしつつ、しかしどうした物かと考えに耽っていたクロウディア。
 その時、言葉は思わぬ方向、思わぬ人物から発せられた。


 「ふっ! 話は聞いたわっ! あたしにナイスなアイデアが有るのよリンリン!」


 「マキさん!?」


 「マキ? どこに居たの貴方」


 「細かい事は気にしないない……ま、それはともかく、まーかせてっ♪」


 マキは胸を大きく張り、二人にウインクして微笑んだのだった。
 数日後、広報部隊の面々が基地の裏庭にある広場に集められた。そこにはローダーが二台。さらには取材陣の姿もあった。


 「なんだなんだぁ? ローダーの模擬戦でもやるんすか? マキさーん」


 ジョーカーの質問を受ける形で、マキが一歩前に出る。そして、


 「説明はそっちの、取材の人がしてくれまーす。ではそういう事でヨロシク!」


 と、取材担当のアナウンサーに話しを振った。


 「えーでは説明します。今回我が局のTV番組『今月の広報部隊』のスペシャル企画として、
  『ドキッ! 女だらけの広報部隊 あの娘が水着でローダー操作したらっ♪
   ポロリが有ったらそこで放送中止だねスペシャル』 という物を撮影させて頂くのですが……」



 タイトルを聞いてゲンナリする大多数の隊員。構わず続けるアナウンサー。


 「先月、放送後に募集した、希望搭乗員のアンケート上位二名に出演して頂きたいのですが」


 ザワザワ……。ざわめく隊員。選出されたい者、選出されたくない者。そんな思惑が交錯する中、その二名の名は告げられた。


 「選出一位、レイチェルさん。同二位、マルグリッドさんです。宜しくお願いします」


 「ギャー!!」


 選出された二人だけではない悲鳴が、その場にこだました。
 「納得いかん!」


 「承知しかねます!」


 「なんでアタシじゃないんだよ!」


 若干一名、漏れた事を不満に詰め寄るアリシアも混ざってはいるが、それはそれとして。
 詰め寄るレイチェルとマルグリッドに圧倒され言葉に詰まるアナウンサー。
 マキが助け舟を出す。


 「ま、普段水着での露出が極端に少ないアンタ達だから、こういう時に要望として来るのは当然でしょ? ましてや広報部隊の正規の職務なんだから、しっかりね♪」


 「ぐううー」


 「……し、しかし」


 苦渋に満ちた表情で唸り声を上げるレイチェルとマルグリッドには、ぼそっと言ったマキの呟きを聞き取れる訳は無かった。


 「……ま、実はマルグの方は副隊長推薦枠だったりするんだけどね」

 「えー!! マルグリッドさんはともかく、レイチェルじゃポロリってする物自体無いじゃんかよー、ってグハッ!!」


 「……クックック、するかしないか、見せてやろうじゃないかジョーカー! 行くぞマルグリッド、ここは戦場だ!!」


 「ちょ、ちょっとレイチェルさん! なんで急にやる気になってるんです!? しかも見せてやろうってそんな見せちゃダメなんじゃ!?」


 頭から煙を噴いて完全沈黙するジョーカーを尻目に、マルグリッドを更衣室に引っ張って行くレイチェルを止める勇気は、誰も持ち合わせては居なかった。
 「行くぞ! マルグリッド!! 模擬戦とはいえ、我が部隊の実力を全宇宙にアピールするチャンス! 本気で掛かってこい!」


 「は、はい、レイチェルさん!」


 二人はローダーでの模擬戦を開始した。勿論番組の趣旨通りに水着で。
 マルグリッドは露出面の多いビキニタイプ。
 レイチェルは……視聴者の要望の多かったワンピースタイプ。本人はビキニを所望したのだが……残念ながら彼女の胸のサイズにあうビキニは用意されていなかったのだ。


 「どうしたマルグリッド! 貴様の能力はそんな物では無いだろう!」


 「……で、でも、水着が……ビキニだと、激しく動くとズレて……くっ! カ、カメラも気に……」


 「ムカッ!! どうせ私はどんなに動いてもはみ出したりしないさああ! そうさ! それがどうした! 機能的で無駄が無い、まさにスーパーボディ!!」


 「スーパー貧相ボディ、の間違いだろレイチェル……ってそれはかんべゲホッ!!」


 「あぁ、ジョーカー……それは、フォローしようがないよ……」


 頭を抱えるユアンの前で、地面に倒れるジョーカーの首は、有り得ない方向に曲がってたりする。まぁローダーの指で弾かれたのだから当たり前といえば当たり前だが。


 「貴様! そんな事が気になってローダー操縦に集中出来ないだと! そんな軟弱者は、とっとと軍など辞めてしまえ!!」


 ジョーカーの挑発によって燃え上がったレイチェルの感情が、マルグリッドに向けられる。しかし、それが、マルグリッドの闘志にも火をつけた。


 「くっ! こんな格好させられて軟弱者もクソもっ……やってやる! やってやるぞぉ!! 人の気も知らないで!!」


 「ぬおぉおおぉぉ!!」


 「どあああぁああぁぁ!!」


  ……

 二人の模擬戦は、熱く激しく続けられた。……見ている者がタオルを投げ入れ、制止する為にローダーを数機投入する事になるまで。
 その内容が放送されてから数日後。再びマルグリッドが隊長室に居た。しかし今回は、マルグリッドが転属依頼を持って来た訳ではない。隊長からの呼び出しである。


 「こ、これは?」


 「貴方宛に来た、ファンレターよ」


 「こ、こんなに沢山……し、しかし、別に自分は、支持を得たい訳では」


 「まぁ読んでみて。マルグリッド」


 「は、はぁ」


 マルグリッドは促されて、手紙やメールの印刷物に目を通す。


 「『女性でも、男の人と変わりなく真剣に戦いに参加してらっしゃるんですね。広報部隊を……貴方を勘違いしていました』24歳女」


 「『模擬戦とはいえ、戦っている姿に胸打たれました。スタッフさん! 水着なんて要らないから、普段の彼女らの日常をモット映すべきですよ!』30歳女」


 「『まるぐりっどさんカッコイイ! ファンになったです』8歳男」


 「『わたしもイヤイヤいうのやめて、きらいなやさいもたべます。マルグさんをみならって』7歳女」


 「貴方が広報部隊に居る事で、他の子達とは違う層に……色物として見ない人たちに対しても支持を受ける事が出来ているの。……無理に媚びたポースは取らなくっても良いから、この部隊に居てくれないかしら?」



 「は、はい……自分が頑張っている姿に共感してくれる人が居て、それで世の中が、我が隊が良い方に導かれるというのでしたら。暫くはこの部隊にお世話になります」



 マルグリッドにとって、応援の手紙やメールはどうでも良かった。ただそんなにも引き止めてくれる隊長や、壁の向こうで聞き耳を立てているリンリン……仲間の気持ちが嬉しかった。しかしそれを言うのは照れくさい。だから、応援の手紙やメールを理由にしておくほうが、都合が良かった。それだけだった。


 「マルグっ!」


 ドアが開き、弾けたようにリンリンが飛び込んできた。


 「マルグはマルグらしくしていて……ここに居て良いんだよ。一緒に居るべき場所なんだよ、ここが」


 「……そうだなリンリン。撮影はともかく自分は部隊が、皆の事が嫌いな訳では無いんだ。同性や子供に勇気……そんな大げさな物では無いかもしれんが、なにかを与える事が出来ているのなら……裏切れんよな」


 「そうだよマルグ! ホラ、このファンレターにも……」


 と言って、無作為で手短なファンレターを取り読み上げるリンリン。せめて内容を確認してから読む落ち着きを持てば良いものを……それを出来ないのがリンリンのリンリンたる所以なのだろうが。


 「えーとなになに? 『この間の放送、カッコ良かったです。……でもなんで男の人が広報部隊に居るんですか? マルグリッドっていうのは芸名なんですか?』 24歳女……」


 「誰が男だあぁーーーーーっ!!」
-
 堪えきれずに大笑いするリンリン。
 どこに居たのか、陰で聞いていてやはり爆笑するマキ。
 やれやれ、といった感じのクロウディアの前で辞める辞めると連呼するマルグリッド。
 ……問題は振り出しに戻ってしまったようである。


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