「メリッサ。広報部隊について、どう思う?」


 ローダーの整備中に、ジェリド大佐がそんなことを聞いてきた。
 相変わらず、困った言い方をする人だ、と思う。
 どう、と曖昧に尋ねられたところで答えようがない。
 まあ、その曖昧さのおかげで、こちらも気楽に付いていけるのだが……こういうときはハッキリしてほしいと思う。


 「……強いとか弱いとか、そういう話でしょうか?」
 「ん、いや、そうじゃなくてだな」



 問い返されて、大佐は首を捻った。どうやら、本人も明確な意思のないまま、私に尋ねてしまったらしい。
 まるで子供だ……そう思うと、ついつい微笑んでしまう。
 あわてて下を向いたが、大佐に気付かれなかっただろうか。
 ……大丈夫のようだ。まだ首を捻りっぱなしだったから。
 まったく、これで良く、責任のある立場をやっていられると思う。
 いや、やらされている……というのが正しいのだろう。
 お偉いさんの息子というのも、大変である。
 彼は私の、士官学校での後輩にあたる。
 学校で一度二度見かけた記憶があるから、間違いない。
 あの頃は、善良そうな顔のお坊ちゃんだな……としか思っていなかったが。
 まさか今になって、私の上官になるなんて。
 ……これも、ハフマン准将が取り持った縁だろうか。
 准将は味方に甘い人で、同じ星出身の私は、ずいぶん優遇してもらっている。
 家族のおられない准将にとって、私は娘のようなものなのだろう。
 そして大佐の父上は、准将の盟友で……准将にとっても、彼は目に入れて痛くないほどの存在らしい。
 准将としては、良かれと思って、私を大佐の補佐に抜擢したのだろう。
 ……確かに、准将つながりの縁でもなければ、大佐の突発的行動に歯止めはかけられない。
 その意味では、准将の目は正しい。
 だが最近は、大佐の言動が普通に思えてきた自分がいる。
 大佐の行動を、ついつい手助けしてしまう私がいる。
 これは、准将も予測していなかっただろう。
 この先どうなるかは知らないが、どうなっても多分後悔はしない。
 「あー、その、なんだ」


 考えがまとまったらしい。大佐は何度か咳払いをした。


 「あの部隊に限らず、広報という存在の意味だ。
   ああやって、女性ばかりを集めて華やかにやることで、本当に士気は上がるのか?」



 「ああ、そういうことですか。
   ……我が軍には、ああいうものはありませんから、感覚的に判りづらい事ですが……」



 それに関しては、私も何度か考えたことがあった。
 なんといっても、地球軍の広報部隊とは同じ性別。彼女達のやっていることに、それなりに興味は生じてくるものだ。


 「確かに、水着特集などの様子を見ていると、効果は疑問ですね。
   男所帯の軍ならば、色気で釣ることに意味はあるでしょうが……」



 私の言葉に、大佐はすこしそっぽを向きつつ頷いていた。
 この人の、素直というか、嘘のつけない性格は、嫌いではない。
 友人やただの後輩としてなら、いい人材だろう。
 絶対的に軍人の……まして士官向きの性格ではないのが問題というだけだ。


 「……地球の軍人には、女も多いと聞きます。
   それを考えれば、色気を出すのは逆効果でしょう」



 「ふむ、やはりそういうものか」


 「それはそうです。異性の欲望を掻き立てるのは、身の危険に直結しますし。
   大佐とて、服を透かして中身を想像されるのは、お嫌でしょう?」



 彼の胸板あたりをじっと見つめてやると、彼はあわてて手でそこを隠した。
 ……あれだけ筋肉のラインが出る服を着ていて、今まで頓着していなかったのだろうか。
 まったく、惑星連合の制服姿は、そっちのケのある男には、垂涎モノだろうに。
 まあ、垂涎なのは、筋肉好きの女にとってもなのだが。それは言わずにおこう。


 「う、うーむ。メリッサの言うとおりだな。だがそれではなぜ、地球の広報部隊は存在しているのだ?
   こう言っては癪だが、地球軍は効率に関しては賢明だと思っていたが」


 「そうですね……それは……」


 私は少し頭の中を整理して、意見をまとめた。


 「……祭り、でしょうか」


 「祭り?」


 今度は私の言葉が足りなかったようだ。
 ぽかんと開いた大佐の口を閉じさせるため、私はあわてて言葉を足す。


 「古今東西男女を問わず、華やかな祭を前にすれば、意気が高揚するもの。
   古の時代は、戦いに望む戦士たちを、舞や踊りで昂ぶらせ、励ましていたと聞きます」



 地球の広報部隊は、それが現代に蘇ったものではないか……。
 私がそう言い終わっても、大佐の口は開いたままだった。


 「……まだ、何かわからないところがありましたか?」


 「あ。いや、良くわかったよ。ただ、驚いたんだ」


 「……何がですか?」


 「メリッサは見た目より、博識だな」


 ……彼は私をどういう目で見ていたのか。
 そこの所を詳しく問い詰めてみたい気もするが、我慢我慢。彼は一応上官である。


 「ふむ。しかしそういうことなら、我が軍も広報部隊を持つべきではないかな。
   効果は向こうが実証してくれている」



 「恐れながら……それは上層部が嫌がるでしょう」


 惑星連合の理念は、『理性的な組織』だ。慣習と感情の否定とも言い換えることが出来る。
 古い因習ともいえる祭りは、真っ先につぶされるものだろう。
 実際に、私の故郷の夏祭りも、中止させられている。あれは良いものだったのだが。
 そのくせ、コネまみれの軍組織を改革する気はないのだから、不公平だ。


 「むう。上層部はろくなことをしないな。それでは士気が下がる一方じゃないか」


 大佐の言葉に、私は小さく頷いた。
 言うとおりだと思うのだが、それを大っぴらに口に出せるのは、それこそ大佐くらいのものだろう。
 この人が中央から疎まれている理由が、本当に良くわかる。


 「よしわかった。俺たちの部隊だけでも、祭りをやろう!」


 「……は?」

 ……訂正。大っぴらな批判など、たいしたことはない。
 上層部の腐敗と迷走は周知の事実なのだし。
 こんな風にいきなり変なことを言い出すから、彼は疎まれるのだ。
 そうに違いない。


 「……何をする気ですか。
   私に水着を着せるつもりならば、お断りですよ」



 「だめか? メリッサなら、連中にも負けないと思うが」


 「……そういうことは、惚れた女性に言ってあげてください」


 今度は私が軽く咳き込む番だった。
 どうもこの人にくっついていると、否が応でも癖が移る気がする。
 まったくもって、デリカシーの足りない人だ。


 「惚れた女性?
   ……むう、任務任務で、恋愛をしている暇も無かったからなあ」



 まあ、実際そうなのだろう。
 この星での任務に着く前は、同じ場所に二週間と居ない生活だったそうだし。


 「……良くないですよ。経験が足りないと、
   それこそ地球の女狐たちに、あっさり篭絡されかねません」



 「そうは言っても、やろうと思ってできるものでもなし。
   ……大尉は、そっちの経験は?」


 「まあ、たしなみ程度に」


 これ以上突っ込んで聞かれるのは、具合が悪かった。
 私は手をひらひらと振って、話題を元に戻す。


 「それで、踊り子も無しに、祭りをどうしようというのですか?」


 「……うーん、どうしようか」


 私たちはしばらく首をひねったが、良い案は出なかった。
 そもそも、惑星連合軍の女は希少価値なのだ。
 ネクタルの女性を雇うことも考えたが、それはそれで問題になりそうである。


 「……メリッサ。君の故郷では、どんな祭りをやっていたんだ?」


 困り果てた大佐が、私に水を向けてきた。
 どうやら何が何でも祭りをやりたいらしい。
 士気のことを考えてくれるのは嬉しいが、もうすこし柔軟な思考を持って欲しいものだ。
 とはいえ、今の私は彼の補佐役。聞かれたならば答えなければならないだろう。
 私は幼い頃の記憶を必死に手繰り寄せ、大好きだった祭りのことを思い浮かべた。
 そうだ。血を滾らせる重いビート。燃え上がる炎。
 そして何より……闇の中に浮かび上がる、無数のセクシーなTバック。
 白い下着姿で舞い狂う踊り子たちは、思い浮かべた私の心を、一気に燃え上がらせた。


 「……そうだ、あれならいけますよ、大佐!」


 「何か案が浮かんだのか!? さすがメリッサだ!」


 そう、たしかあの祭りは、ハフマン准将もお好きだったはず。
 ならば、准将ご自身にも協力していただけるかもしれない。


 「私に万事お任せください。大佐にもご協力願うかもしれませんが」


 「まかせておけ。俺が言いだしっぺなのだから、何でもやるさ」


 大佐はどんと胸を叩く。こういうときは頼れる人だ。
 私は軽く敬礼すると、準備のためにいそいそとその場を立ち去った。
 准将はこの件に乗り気で、許可はすぐに下りた。
 私はすぐに、部下の手を借りて、踊り子たちの衣装を作り始める。


 「……大尉。ほんとうに、これで……よいのですか」


 「うむ、がんばってくれ、諸君」


 「……了解」


 なにせ私の部下も男所帯である。
 手先は器用とはいえなかったが、なに、複雑な衣装というわけではなかった。
 たちまち、純白の衣装がいくつも出来上がっていく。
 ほとんどヒモ。なかなか過激な衣装だ。
 これで士気のアップは間違いなしだろう。
 それを装着した踊り子のことを想像すると、私の心も熱く疼く。


 「うむ、やはりこの衣装はいいなあ」


 「……これは、なんというモノなのですか……大尉?」


 部下達が胡乱げな顔で聞いてくる。
 最近の若い者は、モノを知らないようだ。
 ……まあ、私の故郷ローカルのものなのかもしれないが。


 「フンドシ、というんだ。これをつけた男たちは、セクシーだぞ」


 准将は久々に踊れると言って張り切っておられた。
 大佐や私の部下たちも、これをつければハッスルするに違いない。
 あとは太鼓とたいまつをなんとかして手に入れれば万事良し……。


 「ふふっ、まさに筋肉の祭典だ。楽しみだな、諸君?」


 「……はあ。あの、これ、我々が着るのでしょうか?」


 「あたりまえだ、女が穿いてどうする。男性諸君が穿いてこそ、映える衣装なのだからな。張り切って穿いてくれ」


 「……ああ、大尉が大佐の色に染められてしまった……」


 部下達は何か嘆いていたが、私の耳には入らなかった。
 私の頭の中は、大佐や准将の引き締まった尻で一杯だったから。
 後日、祭りは行われたものの、士気は下がった。
 なぜだろう……。



©2005 KOGADO STUDIO,INC