「たまっ! またドジをして! いい加減にしろっ!」


 「あう〜……ご、ゴメンなさいですレイチェルさん」


  ……五十嵐たまおの朝はドジで始まる。
 いや、むしろ生活そのものがドジで構成されていると言っても過言では無い。
 本人も自覚はしているにはしているのだが、如何せん三歩歩くと忘れる……。
 ――『人間は歳を取ると、積み重ねて来た悲しみに押しつぶされないように防衛的にボケて来るから生きて行ける』――
 という学説も有るようだが、彼女の年齢でのそれはドジが多い故の早熟ボケ化がスタートしているからなのだろうか?
 そんなたまおをいつも心配そうに見つめるふたつの影がある。
 かつての同期でもあり、現在の先輩であるリンリンとマルグリットの二人だ。

 「うーん。たまちゃんドジだよねぇ、ま、それが取りえと言えば取りえなんだけど」


 「リンリン……そんな悠長な事言っていられるのか?自分等の時にも新人研修終わらせられなくって、今年もこの調子じゃ無理なんじゃないか?」


 「また来年も新人で良いじゃん! たまちゃんあんまり不満無いっぽいよぉ?」


 「しかし……もう新人三年目だって話だし。今年ダメなら普通はクビじゃないか?」



 「えぇーーー! そんなぁ、ダメだよマルグ!たまちゃん辞めちゃったら私、いじりがいがある人がマルグとルゥ位しか居なくなっちゃうよぉ」



 「リンリンお前、人を玩具扱い……って自分もか!」


 「たはは……ってアレ? なんかまたレイチェルさんがたまちゃんの部屋に行ったよ」


 「? なんだろう。またお使いか何かか? 懲りないなレイチェルさんも……」



 首をかしげる二人の前でレイチェルはダンボールを指差し、たまおに命令する。
 屈託無い笑顔でたまおは深々と頭を下げる。どうやら荷物の搬送を頼まれたようだ。
 只のお届け物だろうとタカをくくって見ていた二人の耳に、レイチェルの信じられない台詞が聞こえて来た。


 「これは、重要な任務である。この秘密の物資を、この基地内のその地図の場所まで誰の力も借りずに一人で運べ。もし誰かの力を借りたり、無事に運ぶ事が出来なかったら……クビだ」


 「ええええぇーーー!!」


  たまおの叫び声でかき消されはしたものの、たしかに三人分の悲鳴があたりにこだましていたのである。

 グスグス涙目になりながらトボトボとダンボール抱えて歩き出したたまおの後ろ姿を見ながら、
 リンリンがマルグリッドの袖を掴む。


 「マルグ、どうしよう! たまちゃん、あれを無事に運べなかったらクビだってクビ!」


 「うむ……しかし、レイチェルさんは『誰の力も借りず』と言っていた。
   自分等が手を貸したりしたら多分ダメだろうし……」



 「そんな事言ったって! たまちゃんじゃ無事にお使い出来る訳無いって!
   そういう星の下に生まれてるっぽいし」



 「……否定は出来ないが、ではどうするんだ? リンリン」


 「うーーたまちゃんに近づいてフォローする訳にはいかないし……ん? 近づかない……遠距離?」


 「ん? どうしたリンリン。何か良い手が……」


 「判った! たまちゃんに近づかないで、遠距離からフォローすれば良いんだよ! マルグ!!」


 「遠距離からフォロー?」


 「そ、遠距離と言えば!!」


 「……私の出番、だな」


 「アリーナ先輩!!」


 いつのまにかリンリンとマルグリッドの後ろに佇んでいたアリーナを見て、二人は叫び声をあげてしまった、
 が、今はむしろ話が早い事を喜ぶべきとリンリンは話しだした。


 「アリーナ先輩、話は判ってますよね!?」


 「うむ。任せろ」


 「さすがアリーナ先輩、じゃ、たまちゃんとあのダンボールが、
   目的地につく前にアクシデントとかに会いそうだったら……」



 「……どうせクビになる身。苦しまないように急所に弾をぶち込めば良いんだな。任せろ。
  痛みなど感じる前に……」



 「殺してどーすんですかぁ!」


 「ふ、冗談だ」


 冗談があまりに似つかわしくない人物&状況での物言いに、リンリンとマルグリッドは思いっきり床に突っ伏してしまったのだが、あとあと考えてみればちょっとタイムロスになったのかも知れない……。

 「つまり、ライフルにゴム弾を入れ遠距離からたまおのルートの万難を排除、
   また、たまおの警備もしていけば良いのだな」



 「そうそう!」


 「宜しくお願いします、アリーナ先輩」


 そう、アリーナの卓越したスナイパー技術を利用し、たまおがぐらついても遠距離からのゴム弾で矯正。
 たまおの身に降りかかるアクシデントは全てゴム弾で排除してしまおうという寸法だ。
 三人はたまおの後方、大分離れた位置から、彼女を尾行するように追う。

 「あう〜、ダンボールを持ったままじゃ、エレベーターのボタン押せないですぅ……困ったですぅ」


 「たま……一旦ダンボールを地面に降ろせ」


 そんなマルグリッドの溜息混じりの台詞が聞こえる筈も無く、ただおたおたするたまお。
 バシュ! ポチッ。チーン!


 「あ、なんかエレベーター来たです、ラッキーですぅ♪」


 当然、エレベーターがたまおを察知して来てくれる訳は無く、
 アリーナのライフルから発射されたゴム弾が『上に参ります』ボタンを見事に押しただけだ。


 「しっかし、ドジとかいうのとは別次元な気がするのだが……たまの場合」


 「でもぉ、上で良かったの? たまちゃんの行き先ってそっちなの? マルグ」


 「自分が知るかっ! ……アリーナ先輩、上で良かったんですか?」


 「……私はこの位置から、あの地図の文字が読める。目標座標は把握済みだ」


 「すっごーい、アリーナ先輩。怖い目はダテじゃないんですね♪」


 「……怖いとか言うな」


 「っひ……」


 どんな事があっても喋りつづけるはずのリンリンが、このときばかりは沈黙した。
 永遠に続くかに思われた不自然な静寂は、幸いマルグによって破られる。


 「おい、エレベーター、動いてないぞ」


 「……大方、中でまたボタンを押せなくって困ってるんだろう……」


 「じゃ、じゃあ、非常階段で上行って、エレベーターを呼んでやればいいんだね、
   行こっ! マルグ、アリーナせんぴゃい」



 とりあえず気まずい静寂を破ってくれたたまおのドジっぷりに、心から感謝をしたリンリンであった。

 「あうぅ、昼休みで遊んでいた人のボールがぁ!」


 バシュ!


 「あうう!こんな普通の廊下に何故かヒモが! コケちゃうですぅ」


 バシュ! バシュ!


 「ああああっ!廊下の向こうから暴れ牛があぁああ」


 バシュ! バシュ! バシュ!


 「ふぅ、危ない所でした。でも物騒ですねぇ牛さんの放し飼いなんて」


 数々の困難がたまおの前に立ちふさがり、そのことごとくをアリーナのゴム弾が排除して行く。


 「って言うか、なんか作為的な物を感じるのだが?
   たまのドジとかって話じゃないだろコレ……まぁ最初のエレベーターはともかく」



 「そうだねマルグ。でも、何はともあれ」


 「うむ、あのドアが目的地だ」


 ランランとスキップしながら、目的のドアに向かうたまお。


  シュン


 開いた自動ドアの中で、レイチェルが引きつった笑顔でたまおを迎える。


 「ぉっ。たま、ごご苦労だったな、ではダンボールを受け取るとしよう」


 「はいですぅ! これで任務完了ですねぇ。やったです! クビにならないで済んだです」


 とびっきりの笑顔でたまおは帰っていく。
 それをレイチェルはこめかみをピクピクさせながら見送っている。
 不自然な空気……。


 「……任務完了」


 「ですね、お疲れさまですアリーナ先輩」


 「でもさぁ、レイチェルってなんであんなに苦々しい顔してるんだろう? マルグぅ」


 「……さぁ? 話を聞きに行ってみるか?」


 三人が近づこうとしたそのとき、ワラワラと男の人たちがレイチェルを囲む。


 「話が違うじゃないですかぁレイチェルさん、これじゃ放送内容変わっちゃいますよ」


 「あぅ、こ、これは、お、おかしいですねぇ、たまが無事に着くなんて……」


 「トラップも暴れ牛も、華麗にかわして、っていうか皆見えない力に弾かれるみたいに、排除されてる感じだったですしねぇ」


 「ま、たまにはこういう回があっても良いですけどね。先週の予告と違って視聴者怒らなきゃ良いんだけど」


 「『ハッピーたまちゃんショー始まって以来の快挙! 無事目的達成! 君は奇跡の目撃者!!』で良いじゃないですか。たまにはそういう放送もアリですよ」


 「す、スイマセンでした……」


 「まぁ、レイチェルさんのせいじゃないですよ。ではまたお願いします。お疲れさまでしたー」


 男たちはテキパキと撤収作業をこなし、すばやく去っていく。
 「レイチェルさん」


 「うん……あ、どうしたんだ、マルグリッド……それにリンリンと……アリーナとは、珍しい組み合わせだな」


 「……あの人達は」


 「ねえねえ、『ハッピーたまちゃんショー』ってなーに?」


 「……っ! 大声で言うなリンリン! ……他の連中には内緒の話なんだ……」


 「だがまぁ、見られた物は仕方が無いな。『ハッピーたまちゃんショー』というのは、広報部隊のTV番組の中にあるコーナーで、たまの日常を隠しカメラで撮影して、ドジっ振りを楽しむ物だ」


 「へっ?」


 「たまのそんな庶民的というか守ってあげたい魅力という部分が、世論的に広報部隊には無くてはならない物になっている。そしてそれがある故にたまはあれほどドジやミスをしても広報部隊に所属する事が出来ている。ま、怪我の功名って奴だな」


 「じゃ、じゃあ、さっきのたまのお使いは……」


 「当然、番組から依頼された物だ。ドジっぷりを発揮しやすいよう、手助け無用で失敗したらクビ、とプレッシャーを掛けてみたのだが……たまも成長したと言う事か」


 「……しかし……何か不自然さを感じたんだが……貴様等、なにか知らないか?」


 しらないしらないしりません。ブンブンと頭を振った三人は、そそくさとその場を後にした。
 それ以降、三人はたまちゃんがどんなドジをしようと、笑って見てるだけになったのは言うまでも無い。そんな時ついカメラを探してしまう癖もついてしまったけど……。




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