工画堂スタジオ 110th Anniversary

工画堂スタジオは2026年7月で110周年を迎えます。これまでの感謝を込めて、特別なサイトを準備しています。

代表インタビュー

創業110周年を記念し、四代目代表取締役 谷 逸平にロングインタビューを実施しました。

25年にわたり社長を務めてきた谷逸平が語る、経営哲学、この25年で特に注力した取り組み、そして未来を担う社員へのメッセージ。
小冊子では1ページのご挨拶として掲載しましたが、web版ではより深く掘り下げた内容の特集としてお届けします。

photo
━━ いきなり聞いてしまうのですが、1916年からこうして110年間続いた一番の理由は何なのでしょうか?

僕自身は2000年に社長になってからの四半世紀しかやってきてないんで、「これぞ」っていう回答が出せるかどうかは分かりませんが、全ての先人の皆さんが真面目に真摯に仕事をしてきたっていうことになんじゃないでしょうか。
もちろん、工画堂の事業において多面展開をしてきたことが良かったんじゃないかとか、そういったこともあると思います。
でも、一番広義のところで回答させてもらうなら、当たり前すぎるような回答で申し訳ないんだけれども、「間違ったことをせずに、真面目にコツコツやってきた」ってことに尽きると思います。

━━ 工画堂の事業として、BtoBとBtoCの両方があるのは大きな特徴だと思いますが、その点も長く続いてきた要因なのでしょうか?

それは間違いないと思います。BtoCの立ち上げは、先代の社長がまだ役員になる前の時期に、1980年ぐらいからパソコンゲームの研究開発を始めて挑戦をした、ということなんですね。 BtoBでグラフィックデザインをずっとやってきた工画堂としては、商品の企画をクライアント様と一緒にやってきた。そこには自分たちのオリジナルで発想している部分も多々あったけれど、当時の業界慣例がまだまだ厳しかった時代。「創作したコンテンツがさらにお金を生んでいく」ことを夢として描いたのが先代の人たちだったんです。

ちょうどゲーム産業が盛り上がってきた時代に、「よし、じゃあ当社もパソコンソフトをやってみよう!」っていうことで、当初は余力の範囲で研究を始めたんですね。当時、ボードゲームの企画デザインをたくさんやっていましたので、アナログゲームからデジタルゲームへの転換は、当社としてはある意味の親和性を感じつつ、スタートしたんだと思います。

ちょっと堅い話になっちゃいますが、僕は経営の師匠から、経営においては「普遍性」、「時代性」それから「国民性」の3つをしっかりと見据えた形で会社の経営をしていかないといけません、というご指導をいただいていました。
普遍性っていうのは、どんな時代にも間違いのないもの。さっき言ったように、真面目に真摯に、コツコツ取り組むっていうことがその真ん中だと思っています。
それから、時代性。デザインや企画だけをやっていれば良かったというところから、新しいコンピューターゲームに目を向けていく。
最後の国民性っていうのは、日本の中で商売する以上は、日本人の遊びの文化や、マニアの市場がどうなっているのか、彼らの喜ぶものって、はたしてどんなものがいいんだろう?っていうことを、しっかりと考えながら商品開発をすること。

当社にとってゲームソフトウェア開発事業への展開というのは、夢とか理念とかあるいは経営論など、それらの要素がうまく噛み合った結果だったのでしょう。そして、新規事業として拡大した方向が、BtoBとは全然違うBtoCの事業領域だったので、そのおかげで会社全体が大きく成長し、力強くなったと考えます。
長寿企業にはそうなる要因がいくつもあると思いますが、当社の場合はBtoBとBtoCの二つの事業領域を両輪として、何度も難局を乗り越えながら継続してきた結果である、というのは間違いありません。

━━ その長い歴史の中で失敗もあり、信用を落としてしまったこともあったのではないでしょうか。

これはもう笑い話で聞いていただきたいのですが、僕も親父の下で装釘デザインなどをやる、グラフィックデザイナーとして入社したわけなんだけれど。
当時の先輩たち、特にうちの親父は、格好がどうだとか、口の利き方がどうだとかっていうのを細かく指導するようなタイプではなかったんですよね。にも拘らず、普通に客先にも行かされたんです。当時の弊社は小さな会社でしたから、打合せも制作も納品も、すべて担当しているデザイナーが自分でやっていました。当然僕も、「お前、行ってこいよ」って一言で放り出された。
そして、夏の暑い日、僕はとある堅い会社さんにですね、ビーチサンダルで行ったんだよね、アロハ着て。そんな格好で普通に会社に通ってたから。もし口うるさい先輩がすぐそばにいれば、「おいお前、そんな格好で行くのか?」って注意されたりもするんだろうけど、そういう厳しさはあまり無い会社でしたから。
で、皆さんのご期待通り、先方のご担当者にこっぴどく怒られました。
「逸平さん、さすがにビーチサンダルは――」
っていう。お客さんに怒られて教育されるというか、気がつくというか。後で思うとちょっと怖いよね。自分のやってしまったことに対しての怖さと、当たり前の社員教育を行う仕組みが整っていない会社だっていうことの2つが怖いなと思ったかな。

photo
━━ ビーチサンダルで行った時は、「こんなふざけた会社とは取引停止だ!」みたいなことにはならなかったんですか?

まあ幸いにも、若造だったんで。「あ、すみませんでした」って頭を下げて、次回からはスニーカーになりました(笑)
それでも取引を続けてくれていたことは、当時の社長たちが積み上げた信用の貯金が大きかったからでしょうね。あと、当時社長がすごく言っていたのは、「特にうちは営業活動に力を入れている会社じゃないんですよ」ということでした。じゃあどうして仕事が来るのかというと、「仕事が仕事を呼ぶ」という言葉で表現していましたね。やっぱり「この会社にお願いすれば期待してるものが上がってくる」。それに応え続けるっていうことが、すごく重要なんじゃないかなというふうに思います。ビーチサンダルで行って怒られたなんて本当は些末なことで。
だから逆に期待に応えられなかった時。発注した仕事に対して期待している水準で成果物が出来上がってこない、っていうようなことがあった時には、「次はちょっと他へ変えてみようか」、となると思うので。
だからやっぱり、一つ一つの仕事を真摯にコツコツやっていって、またあの人と仕事したい、と思っていただくということを目指していました。

━━ BtoBに関しては何よりも真面目に積み重ねていくっていうことだったと思いますが、BtoCのお客様に対しては、また違った考えでやっていたんでしょうか。

BtoCの方は当時の社員さんたちが「自分たちが欲しいものが市場のニーズだ」という考えが強く、そこはみんなが熱意を持って制作に打ち込んでいましたね。現代では言いにくいような就業環境でまさに寝食忘れ、会社に泊まり込んで毎日、侃々諤々、議論を重ねてやっていました。開発室に行くと、喧嘩してるんじゃないかと思うくらい、独特な雰囲気でしたね。でも、そんな情熱のぶつけ合いで制作していたので、市場での評価はそれなりに維持されてきた、と思います。

つまり自社オリジナルコンテンツは、拘って、拘って作り上げたものをお客さんに届けるということを真摯に継続する、ということだったと思います。
弊社BtoCの事業理念「コンテンツありき」はそういう歴史の積み上げから必然的に絞り出されたエッセンスですね。

その一方で、工画堂の弱点として明確に覚えているのは、「発売日が守れなかった」ということ。広告に、例えば12月3日発売って書いて出稿してるんだけど、お客さんが12月3日に店頭に行ったら、「発売日延期」と出ている。これがね、この業界は全体的にルーズだったかな。で、うちもご多分に漏れずルーズだった。

僕自身が入社した当初は、オリジナルゲーム2作目のタイトル(注:覇邪の封印)が、まぁまぁヒットしてるっていうタイミングだったんですね。この一つのタイトルだけで何年か十分食っていけた時代です。
僕はその時に人事異動みたいな形で、開発以外を担当するチームに移りました。そこでは、すべての印刷物の製造(注:パンフレット、ポスター、製品マニュアルなど)や、おまけ品の製造とかを担当しつつ、発売に向けての広報宣伝等、いわゆる外交的な部分を広くやらせてもらうことになりました。

すると何が良くないかというと、発売日に最高潮に盛り上がるように仕掛けてきた店頭デモとか、積み上げてきた広報記事とか広告が、折角ピークに到達していたのに、いったんゼロになっちゃう。そこでストンと落ちちゃうんだね。そうなると新しい発売日に向けてまた市場を盛り上げていくために同じ以上のことをしなきゃいけない。
これは担当者としては辛かったね。同じことをやってもらえる確証はないわけだし、誌面も無限じゃないからね。まぁ、そんな訳で、発売日を守れないことが、お客様たちに対して、ものすごく失礼なことをしてしまった、という大いなる反省がとても強いです。

業界全体がそうだと、お客様もなんとなくそんな感じっていうのがムードとして理解されちゃうんですよね。店頭に行って商品が無いと、「あ、やっぱりね」って言って終わっちゃうっていう。そして、そもそもパソコンゲームというものがあまりない時代だから、作ったものを出せばある程度売れる市場がそこにあった。黎明期の頃からずっとパソコンゲームを追いかけている熱いファンの皆さんがいらっしゃる。そんな時代背景と、そのときのお客様の寛大さに助けられたということだったと思います。

業界全体のムードとはいえ、それに甘えてしまってはいけないですね。守るべきことが守れないという甘えの文化が社内に浸透してしまうかもしれず、それが原因でクリエイターにとって重要な熱意までもが薄れてしまう可能性があります。

一例ですが、僕が尊敬する創業会長の会社の話。こちらは発売日をちゃんと守っていた。発売延期でお客さんを裏切ることはない。そして、作品のクオリティーは全く手抜きがない。まさにコツコツと信用を上積みして来られ、現在では立派な上場企業にご成長されています。

弱点の無い会社はありませんが、その弱点をしっかり認識し早い時期に改善していける社内の雰囲気が必要です。失敗しても反省して改善し、再挑戦することで成長が期待できると考えています。それを当たり前に循環できる企業風土を醸成したいですね。

photo
━━ 最近では、新たに「30年ビジョン」を打ち立てたと思うのですが、それは今までの歴史を踏まえた上で、今後工画堂が向かうべき姿として設定したものなのでしょうか?

これは2012年に、「工画堂30年ビジョン」っていうタイトルで、考え方を上積みした、ということです。基本的に工画堂は、「私たちの創作物を通して全世界に感動を提供します」という企業理念を持っています。
それをさらに事業理念に落とし込んで、BtoBは「任せて安心工画堂、信頼のワンストップパートナー」。BtoCの方は「コンテンツありき」、という別々の言葉で我々のあり方を定義づけています。
この3つのキーワードは基本的な理念ですから不変なのですが、時代の変化に応じて、会社の進む方向を分かりやすく言葉を変えながら示すことが必要だと考えています。タイミングを見て適宜、会社の考えを内外に周知していくことが重要なことだと思いますので、「30年ビジョン」もそういった考えを実践したということになります。

それで2012年の時に、ちょうどイラスト制作部門が軌道に乗ってきたころ、その上げ潮をさらに拡大していくために「工画堂クリエイターズ・ハブ理念」という考え方を、30年ビジョンの骨格として提唱しました。簡単に言うと、工画堂がクリエイターを活かすハブになって、仕事をしながら共に成長することで社会貢献しようね、ということです。核心的には「クリエイターにとって、工画堂がハブになる仕事は、自身の幸せと直結する」。そんな風に感じてもらえる取り組みを長く継続し、工画堂はクリエイターを大事にする会社だということを知ってもらいたい。

企業理念に「創作」という言葉が入っている通り、工画堂の核には「クリエイター集団」がある。これは100年前から変わらないんですよね。ですので、工画堂の社会における役割として「クリエイターのために良質な情報を提供する真摯な関係性の維持」を拡大して担っていく。これからの30年は、そこに傾注していくことが、今捉えるべき時代性であると思っています。

この「30年ビジョン」は2012年策定ですが、これは言うなれば100周年記念のタイミングで提唱したキーワードだったのです。その後13年を経過した今、110周年に合わせて今年から新たに「経年醇化進行形企業」っていうキーワードを提案しています。これは110周年という節目を迎えるにあたり、会社の空気感と言うか雰囲気を表現した、キャッチフレーズとなっています。

━━ 「経年醇化進行形企業」とはどういう意味なのですか?

少し長くなりますが、僕は会社の雰囲気を表すキャッチフレーズにずっと「経年美化進行形」という表現を使っていました。
経年劣化っていう言葉がありますね。「時間が経つことでダメになる、品質が落ちる」という負の意味として使用します。
だけどあるとき、たまたまテレビを見ていたら、家の蔵に眠っていたペルシャ絨毯の価値を測ってもらおう、っていうような番組があったんです。
結論から言うとその鑑定士は「このペルシャ絨毯は使われずに保管されていたため、キレイなままであり、経年美化が進行していないので、価値はそれほど高くなっていません」って言ったのです。そこで気になって調べたら、ペルシャ絨毯ってみんなが通る足元に置かれて、踏まれて、ゴミだらけになっても、何年も継続使用されることで「経年美化」が進行して価値が生まれるんだそうです。

僕は社長就任以降、ずっと、弊社の価値とは?他社との違いは?強みは?というテーマを悩み考え続けていましたので、「経年美化」という言葉にはドキッ、と心が震えましてね。

それ以来、100年という長きにわたって時を刻んできたことこそが価値であり、強みなんだ!弊社の経過してきた年月は劣化どころか美化なんだと、経年によって美しく変化しているんだ、時間経過は一朝一夕には獲得できない大いなる価値なんだと、改めて気が付いたのです。

それから暫くは新たなキャッチフレーズとして「経年美化進行形企業」って言っていたのですが、110年を迎えるにあたり、もう少し工画堂らしいキーワードにしたほうが良いよねと考えた。
長く働いてくれている人達が時間をかけて紡いできたDNAから醸し出されてくる創作の精神がある。それらを育んでいくのは弊社の歴史を土台とした雰囲気だったりするので、まさに「醸し出される創作意欲」みたいな発想がよいかなと思い考えました。そして、「純粋で深みがある」という意味のある「醇」という字をそこに当てはめたんです。

さらに、これは終わることなく進んでいきますよ、ということで「経年醇化進行形」というキーワードを作りました。

━━ そのワードの意味するところは、最初におっしゃったような「目の前の仕事をひとつひとつ真面目にやってクライアントの期待に応える」、そんなDNAを受け継いで伝えていく、といったことになるのでしょうか?

長寿企業には長寿企業らしい考え方や進め方っていうのがあると思います。発信する内容もまさにその通りで、長寿企業の工画堂スタジオらしいキーワードであれば、外の人も内部の社員さんも、そういったDNAを感じてくれることと思います。

最初から使ってる言葉や、聞き続けている言葉って皆の血肉になっていく一方で、やはり当たり前の言葉になってしまうんですよね。「真摯にコツコツ」とか、100社企業があったら100社同じことを考えていると思います。
だからそればかりだと考えが常態化しすぎて、本来の自社の存在意義がぼやけてしまうと思う。ですから節目節目で、新鮮な言葉を提案することで、それについて皆さんにも一緒に考えていただく。自社のことを改めて考察する機会として、共に未来を考えていただく。そういうことがDNAの承継には必要なんじゃないかなと思います。
考えの本質は変わらなくても、言葉が違えば受け取り手の感じ方も違うし、時期年齢によっても考えた結果が違ってくる。だからこそ「考える」ことが大切なんだと思います。

そういうことが、弊社の企業理念策定時に一度大きく発生し、「30年ビジョン」の提案でもう一度起こり、それからまた10年経って「経年醇化進行形」というテーマの元、もう一度、自らの心に揺さぶりをかける。DNAを刺激するとでもいうのでしょうか、一緒に未来を目指すためのエネルギーの源泉のようなものかもしれませんね。

━━ ビーチサンダルの件に戻るのですが。社内システムが不十分であることの怖さに言及されていました。工画堂に新たな社内制度なり福利厚生だったりを入れる取り組みもあったのでしょうか。

経営者としてやるべきことの一つに「内外に安心をお示しする」ことだと思います。
僕はいち社員時代に、先代社長に対して「こういうことが必要なんじゃないか」とか「今ここに問題があるんじゃないか」といったことを結構ずけずけ言っていました。ですが先代はきまって「お前の代になったらやれば」って言うんだよね。それは「今の俺とは考えかたが違うよ、確かにそれも足りないかもしれないけど、俺は違うところに投資するからね」という意味だったと思っています。

photo

じゃあ僕が社長になってから最も重要な投資は何だったのかというと、それは長年思い描いていた「ワンフロア化」なんです。かつての工画堂は常にオフィスが点在し、複数箇所に分かれて事業運営していました。
けれど、やっぱりひとつの会社である以上はみんなが顔を突き合わせてやっていくことこそが大事なんじゃないかって思っていましたので、タイミングをみてここ四谷オフィスへの引っ越しを行い、ワンフロア化を達成しました。

それからの10年は社員の福利厚生に厚みをおきながらやってきているのが、今の工画堂ですかね。
良い椅子(注:ハーマンミラー社製セイルチェア)に座って仕事をしてもらう、とか、感性のインプットに補助を出す(注:感性向上目的補助金。映画館、美術館、ゲーム、レジャー施設といったコンテンツ利用にかかった費用を補助する工画堂独自の福利厚生のしくみ)とか、確定給付年金に加入する(注:厚生年金基金から転換)とか、いろいろありますけどね、昔、社員さんが大病をして入院した時のエピソードは忘れることができません。そのときにお見舞いに行って気がついたのは、「あぁ社員が大病して入院しているのに、会社として何もやってあげられないんだな」ということ。それで、社員が入院したときに出る保険に入ろうって決めたんです。
病気入院したときに療養費のバックアップ体制があるっていうのは安心ですからね。
もちろん掛け金は全額会社負担ですから、当然ながら社員給与からの天引きはありません。

工画堂の中に社員として籍を置いて、長く真面目にお勤めいただいてる人たちは宝ですからね。その人たちにはできるだけサポート体制を厚くしておきたい、っていうふうに思うのは、経営者としては当然のことだと思います。社員さんたちが、少しでも余分に安心を感じてもらいながら、元気溌剌とお仕事していただける環境作りをしていきたいと思っています。

━━ 最後に、これを読んでいる取引先や社員など、お世話になった方々へ一言お願いします。

こういうインタビューを受けて、長くお付き合いしてきた人に一言って言ったら当たり前のように「感謝」が冒頭にでてきます。
なので当然、関わってきたすべての人たちに心からの感謝をし、お礼を申し上げたいです。
だけど、うーん、その次を考えるなら、「みなさん健康で元気に好きなことをやりながら生きていこうね」っていう言葉にしたいな。

やっぱり社会に出てみんな好きなこと、やりたいこと、いろんなことをイメージしながら仕事をしてると思うんだけど、もしかしたら自分がやりたい仕事とちょっと乖離しているところもあると思う。
僕が学校で会社説明会をするときに「みなさんが入社した会社では、やりたい仕事はやらせてもらえないかもしれません」なんて説明をすることがある。だけど本音で言うと、すべての人たちが「これやりたい!」って思うことがやれる会社であることがきっとお互いにとって幸せなんだろうなと思うんだよね。

なので、社員がやりたいことに挑戦したり、得意を生かせる環境づくりをこれからも考えていきたいと思っています。
社員の皆さんも、日々の仕事を真摯に行い、いち社員としても、あるいはまた会社の信用に繋がるという意味でも、次のチャンスを掴みとれる素地をしっかり築いていってほしいと思います。
そのうえで、工画堂に関わってくれている全ての人達には元気でいてほしいという思いがあります。社員さんもユーザーさんもクライアントさんも、お互いが見えるところにいて一緒に仕事をしたり、繋がり合いながら元気に暮らせたらいいよね、っていう言葉で気持ちを表現したいです。

その結果が工画堂スタジオの120年、150年、200年っていうことになっていったらいいのではないかと思います。今年110周年なので、40年後に僕はもう生きていないかもしれませんが、おそらく五代目か六代目が150周年のお祝いを企画すると思うんですよね。そのときに工画堂に関係する多くの方が笑顔で、祝いの席を共有できるような下地づくりを現在の僕たちはしていけたらいいかなと思います。
もちろんそれは社内だけを見ていても絶対起きないことで、やっぱりクライアントさん、ユーザーさん、外部のイラストレーターさん、デザイナーさん……
全方位的に同じような心情で敬意をもって接していかないといけない。素直な心で、関わるすべての人を大切に思い、徳を共有していく。そうすれば次の150周年もきっと晴れ晴れとした心持ちで達成できるはずだと思います。次代の人たちには是非、そうあって欲しいなと思いますし、僕らはそのために今を頑張らなければいけない!と思う次第であります。

「経年醇化進行形企業」
株式会社工画堂スタジオ 代表取締役社長 谷逸平@四代目
photo
TEXT