「あーっはっは! このアリシア様がぶっころしてやるぜ、てめーら!」
眩しいスポットライトに照らされて、宙を舞うアタシのローダー。
凶器攻撃、毒ガス攻撃、ケンカキックに場外乱闘。
ものすごいブーイングを背に受けて、アタシは高さ10メートルのコーナーポストを引っこ抜く。
「そーれ! コクピットをぶっつぶしてやらー!」
そんな掛け声だけを張り上げて。……アタシは操縦桿から手を離した。
棒立ちになったところに、人気選手からのラリアート。アタシのローダーの首が飛ぶ。
大仰に背面から倒れんでみせると、観客の大歓声が沸きあがった。
……見上げる天井には、七色の光が乱舞する。
ダウンの衝撃に痛む体を掻き抱き、アタシはただその光を見つめていた。
……広報部隊に来る前は、それがアタシ……アリシア=アリエスの生活だった。 |
控え室に戻ったアタシは、ロッカーを思い切り蹴りつけた。
胃と胸が、むかむかする。……肉体的なものだけじゃない。
ストレスも限界に達していた。
「アリシア。弁償代もバカにならないんだから、やめなさい」
こちらを見もせずに言うマネージャの声にも、苛立った。
だいたい、こいつがいなければ、こんなことにはならなかったんだ。
「もーやだ。ちゃんと真剣勝負をさせろ!
こんな八百長のお遊戯、ヘドがでらあ!」
「いまどきガチは流行らないのよ。
だいたいあんたが、インタビューでヘタうたなきゃ……
今ごろはアイドル路線で稼いでいけたのに」
「うぐっ」
痛いところを突かれて、アタシは沈黙した。
コスチュームの胸に刺繍された、キューティアリシアの名が痛い。
可愛い路線でデビューしたのに、インタビューでついつい、
スラングを連打してしまったのが運の尽き。
今やアタシの仇名は「リトルデビル」。
PTAからの反感度No1のロボレスラーだ。
そりゃあマネージャーにも、言いたいことはあるだろう。
「……ほらアリシア。あんたのファン達から、応援メール来てるわよ。ぼーっとしてる閑があったら、返事書いたら」
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「……うん」
開いたメールに躍る文字を見て、アタシは泣き笑いになった。
―――ありしあのばか! みんなのひーろーをいじめるな!
―――あなたは最高のヒールだと思います! あの邪悪な笑い声がたまりません!
―――L・O・V・E・キューティアリシア! 大好き! 私をお嫁さんにして!
「……あっはっは……。期待には、応えねーとなあ。どんな期待だろーと」
がっくりと肩を落す。
元を正せばアタシだって、こんなファンメールを出すような、純粋なお子様だったんだ。
父親に連れられて、隣の星まで見に行ったロボットレスリング。
肩車の上から見たそれは、とてもとても格好良かった。
飛び散る部品、爆発するエンジン、その危険を掻い潜って繰り出される過激で華麗な技。
ローダーも、パイロット達の姿も、ピカピカ輝いて見えて……。
あのときのチャンピオンの顔は、いまでもアタシの脳みその、一番大事な所に眠ってる。
アタシはもう、夢中になってしまって……。
次の日には父にせがんで、ロボレスの教室に連れて行ってもらったものだっけ。
……やー、ロボレス団体の中がこんなに不景気で不自由だとは、思わなかったよ。ほんと。
「アリシア。疲れてるなら、私が代筆しておこうか?」
「だめだ。コーチに任せるのは、校正だけ。返事自体はアタシが書くんだ」
「……あんた、これに関しては、ほんとに真面目よね」
ほんと、残念だけど、この競技だけは、裏切れないのよね。
……もっと思うままにやれたら、前みたいに楽しくやれるんだろうな……。 |
ロボレスはスポーツの分類にはなっているけど、本質的にはショーだ。
どんなにいい戦いをしても、それを見てお客が喜んでくれなきゃ成り立たない。
……むしろ、アタシが満足するような真剣勝負は、客の目にはつまらないものに映るらしい。
だからどうしたって、戦いは見栄え重視になっていき、真剣度は下がる。
子供相手に興行するときは、筋書き通りにしなきゃいけない。
あんまり過激にやると、次からお呼びがかからなくなるから。
団長やマネージャーは有能で、がんばってアタシ達の試合を丸く丸くまとめていったんだ。
おかげさまで、アタシたちの団体は、人気上々。
リトルデビル・アリシアも、最近はすっかりコメディ悪役だ。
アタシたちのポスターは、あっちこっちの星で見ることが出来た。深夜帯とはいえ、全宇宙放映もされたっけ。
……でもアタシたちがやっているのは、もうロボレスとは呼べない、安全で退屈なものだった。 |
アタシはだんだん、試合が億劫になっていった。
アタシの腕前は最高。どんな危険な技も、どんな過激な技も、華麗にやってのけられる。
……でも、やっちゃダメー。やると怒られるからー。……なーんてね。
そんな状態で、モチベーションを保てるわけがない。
あちこちの星で興行は大成功し、給料は良かったけど。アタシの鬱憤は溜まりに溜まっていった。
団体のメンバーやマネージャーとも、争うことが多くなっていった。
そんなある日。あの運命の興行が行なわれたんだ。
その日のアタシは、ちょっぴりご機嫌だった。
試合の内容は変わらなかったけど、すこしだけ危険な要素があったから。
今日の試合は、最前線にほど近い惑星での興行だったんだ。
「うーん、たしかに実入りは良いけど……。もし戦闘が起こったら危険よねえ」
マネージャーや、他の選手は嫌がっていたけれど、アタシは全然気にしてなかった。
「前線こっちに来ないかな。アクシデント起きてほしいな。お願いレスリングのカミサマ!」
そんなことばっかり考えてた。
……やー、神様って居るんだと思うよ。ちゃんと祈りが届いたもん。
あの瞬間は笑った笑った。試合が始まったと思ったら、赤いロケット弾が、テントを突き抜けていってさあ……。
「惑星連合の奇襲だー!」
って、選手一同、青い顔して大混乱してんだもの。
だからアタシは思ったね。もうこいつらとは、一緒にやってられないって。
その後、青い軍用ローダーがやってきて、避難しろ……ってことになったんだけど。
アタシはこっそり、ローダーごと抜け出して、戦場を覗きにいったんだ。
「いっひっひ、こんなチャンスは二度とねーぞ。たっぷり味わっておかなきゃ」
今考えると、ちょっぴり無謀かなーとは思えるけど。
そんときのアタシは、もう止まらなかった。
……競技用ローダーは、軍用と違ってかなり小回りが効くんだよ。
で、アタシはそのとき、狭い路地を通り抜けようとしたんだ。
そしたら、出口のところで、ばったり赤いローダーと出くわしちゃったの。
……まあ、向こうは待ち構えてたんだろうね。銃口が、ばっちりこちらを向いてたもん。
ゾクッとしたよ。あれが、無機質な死の恐怖って奴だったんだろうな。
当時のアタシには、あんな感覚は初めてだった。
気が付いたらアタシは悲鳴を上げて、思いっきり操縦桿を倒してた。
次の瞬間、コクピットハッチが銃撃で弾け飛んで、青空が見えたんだ。
空はぐるりと回って、銃弾が掠めていくのが見えて……。
そして、アタシのローダーの後ろ回し蹴りが、相手のローダーのコクピットを直撃してた。
赤いローダーは大きくバランスを崩し、そのままダウンした。
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「……やれる!」
アタシはガッツポーズをとってた。冷や汗はダラダラで、心臓はバクバク。
だけど、このものすごい危険と、もしかしたら渡り合えるんじゃないかと気が付いたんだ。
そうだ、このアタシの腕前なら! って。
「おら、よくも脅かしてくれたなーっ!」
起き上がりかけた赤ローダーを、ガンガン踏みつける。
競技だったら、絶対有利な状態だ。アタシは勝利を確信していた。
だけど、ここはリングの上じゃなかったんだ。赤ローダーの動きは冷静だった。
奴がきっちり握っていた銃が火を噴き、アタシのローダーの腕をあっさり吹き飛ばす。
「ヤバ……!」
バランサーが故障して、ローダーの動きが止まる。煙が昇る銃口が、アタシの体に狙いをつける!
……あ、死ぬ。
そう思ったとき。耳をつんざく銃撃が、赤いローダーに降り注いだんだ。
「……そこの競技用! 避難路はこっちじゃないぞ!」
路地の影から、ビルの上から、次々と白地に青のローダーが飛び出してくる。
赤ローダーはあっというまに動きを止めて、スクラップになった。
「……競技用のパイロット! 生きているのか、返事しろ!」
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ローダーの一機が、外部スピーカーでこちらに呼びかけてくる。
なんだか偉そうで、その割に子供みたいな高い声だった。
「……あー。いきてるってすばらしー……」
スリルの余韻を味わいながら、アタシはひらひら手を振った。
この緊張感、この過激さ……病み付きになりそうだった。
「こちらは地球政府軍の広報部隊だ。必要なら、安全圏まで護送する」
「あー……」
逡巡する。
確かに、快感は十分に味わった。ストレスもかっとんだ。
このまま我慢して、ロボレスの世界に戻るのが、利口なやり方だとは思った。
……さすがに毎日毎日、命の危険を冒してたら、いつか死んじゃうしね。
だけど。
「……あー。多分、もうコレなしじゃ、我慢できないなぁ」
「な、何だお前は? 変態か?」
夢見ごこちで言ったアタシを見て、そのローダーがぎしりと退いた。
「……と、とにかく。敵が接近中のようだ。速やかに退避しろ!」
「えっ敵!? アタシも混ぜろ!」
「なに言ってるんだ、こいつはー!?」
そうこうしている間に、ビルの陰に赤いローダーが見え隠れするようになった。
アタシはもう、わくわくしてローダーを身構えさせる。バランサーはダメになっているけれど、
そうとわかっていれば動かしようもあった。
「悪いね軍人さん! こっちは勝手にやらせてもらうよ!」
「言うことを聞け、競技用ー!」
壁から壁へ、ガードレールをロープ代わりに、屋根の上へ。軽い上に半分削れたローダーの動きは軽快だ。
「敵機発見! 流星キーック!」
斜め上から繰り出した飛び蹴りは、見事赤ローダーの首を、はるか彼方に吹き飛ばす。
「頭部致命的命中! お次は背面へ……」
着地しざまに振り返り、残った腕でパンチを試みた、そのアタシの横を。
真っ白な機械が、疾風のように駆け抜けた。
「広報パーンチ!」
スピーカー開きっぱなしの掛け声と共に、赤ローダーの背面装甲が、見事に粉砕される。
雑誌で見たことがある、
地球の新型ローダー・インプレグナーだった。
「あ、アタシの獲物を取るな! 軍人っ!」
「ざーんねん、殺ったもの勝ちよん!」
アタシの目と、インプレグナーの眼が、一瞬真正面から視線をぶつけ合う。
視野のすみっこで、赤ローダーのパイロットが、ほうほうのていで逃げていくのが見えた。
「よーしわかったぞ、軍人。それじゃあ……」
「先に壊したほうの手柄ってことね!」
インプレグナーがその豪腕を振りかぶる。アタシのローダーが、砂煙と共に宙に舞う。
「シャーイニング、ケンカキーック!」
「スーパー広報パーンチ!」
パンチとキックが、赤ローダーの動力部に思いっきりめり込んで……。
……爆発! ものすごい熱気で、アタシの髪が焦げた。
吹っ飛ぶ赤い装甲板、燃え上がる敵のエンジン、目の前で誘爆する弾薬。
世界が、炎で焼かれ、生まれ変わっていくイメージ。
「……わーーーおっ! こりゃあもう、やめられないっ!」
空に向かって吼えるアタシの後ろで。
「……やっぱ技の名前、研究しないと……」
インプレグナーのパイロットが、なにかぶつぶつ呟いていた。 |
「とゆーわけで、アタシは軍に入ることにしたんですよー。感動的なエピソードでしたね。ぱちぱちー」
アタシが話し終えると、一斉にブーイングが飛んできた。
な、なんだよたまおにコニー、なんか文句あるってのか?
「ちっとも感動的じゃ、ないですぅー!」
「あんた、ロボレスのヒールやってた方が良かったわよ、世の中のために」
「……くっ、あのときあの競技用ローダーを、破壊しておけば……っ!」
あ、あれれ? なんでアタシ、非難轟々?
というかレイチェルさん、なんで銃抜いてますか?
「あのとき、お前が暴れたせいで、私が何枚始末書を書かされたと思っている! 死んで詫びろー!」
「あれー!? な、なんでそうなるんですかー!? てーかマジで撃つんじゃねえ、このチビ!」
「チビと言ったな、このアバズレがぁ!」
大乱闘になったアタシ達から、少し離れたところで。
「……ギャラクティングマグナム、とかかなあ?」
副隊長はただ一人、必殺技の名前を考えているようだった。 |
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