人々が寝静まる真夜中、一陣の風が乾いた砂漠に吹きすさぶ。不毛の大地に生きる生物は極僅かだ。しかも好んでこの場所を選ぶ生き物など、いないだろう。人間を除けば。
乾いた風は、そんな人間たちが築き上げた村を吹き抜けた。砂漠の民の集落だ。あるテントからは、夜中まで起きている子供をしかりつける親の声が聞こえる。別の場所では、野積みされている荷物から、生活用品を取り出そうと老人が四苦八苦していた。
一見、どこにでもある風景に見える。しかし、よく見れば、所どころに哨戒兵が巡回しており、一角には射撃練習場もある。
そう、ここは反地球組織の訓練基地でもあるのだ。ただ、彼らは地元住民の支持も得ており、彼らを守るように、非戦闘員も一緒に生活しているのだ。 |
「今日はやけに静かだな」
哨戒兵の1人がつぶやいた。
「いつもワンワン吠えるジョンが、今日はおとなしいな」
「あのうるせぇ犬、なんとかしてほしいぜ」
2人は苦笑いしながら、哨戒を続けていた。彼らにとっては当たり前の日課。今日も早く帰って、苦いビールを飲み干したいところだ。
彼らが立ちさり、辺りは静寂に包まれた。いつもの景色、いつもの静寂。永遠に続くと誰もが信じていた。
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そんな静寂と闇の中に、突如として1つの黒い塊が現れた。まるで最初からそこにあったように。その影は音も立てず静かに動き出した。行き先は先ほど通過した兵士たちだ。やがて兵士は操り人形の糸が切れたように崩れ落ちた。
これは人間の闇なのか、それとも悪魔の化身なのか? 影はしばらく付近を動き回ったが、やがて姿を完全に消した。
だが、それが合図かのように、集落の静寂を無数の爆発音が切り裂いた。
「敵襲だ!」
「敵はどこだ? 規模は?」
「どこがやられた? 報告しろ!」
大きなテントは司令室の役割を果たしていた。しかし、怒号が飛び交う司令室は、混乱状態に陥っていた。
「畜生! 敵の正体がわからねぇ」
「哨戒の連中は、なにしてたんだよ!」
「喧嘩している場合じゃないだろう! 急いで敵を探せ!」
「装甲車とローダーは無事か?」
「地上に出していたのは大半やられてる。ただ、地下に隠したやつは大丈夫だ」
「よし、全部出撃させろ! 味方の救援はどれぐらいかかる?」
「4時間はかかるそうです」
「くそ、それじゃもたないぞ。他の連中にも戦うように伝えろ!」
必死に混乱を収拾して、敵情報の収集と対処を行おうとする司令官。しかし、敵の手際のよさに頭を抱えるばかりだった。
時折聞こえる銃声と爆発音。どうみてもこちらが劣勢である。確実に分かっていることは、自分ら指導者を殺害することが目的、ということだ。彼は部下に脱出の準備を始めさせる。
そのころ、兵士たちは地下のローダーを出撃させる準備に追われていた。
「よし! これでOKだ!」
「ハッチを開けろ!」
「おい! そこの女! こんなところで…」
「敵だ! 敵は女だ!」
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十字砲火を鮮やかにかいくぐる女。地元住民の服を着ているため、見た目は普通の女に見える。だが、その動きは、まるで豹のような身軽さで、銃撃を華麗にかいくぐり、スローイングナイフで反撃する。
僅か数十秒で、兵士たちは物言わぬ肉塊となっていた。女は躊躇することなくローダーに搭乗。すぐさま地表へと飛び出していった。
「司令官殿、ローダーの援護が来ました。これで奴らに一泡吹かせてやれます」
「敵もローダーを潜伏させているかもしれない。油断するな!」
先ほどまで続いていた銃撃や爆発はなくなり、敵の捜索が行われていた。どうも敵は極少数であり、戦車などの兵器は持ち込んでいないことも分かってきた。
「司令官殿、護衛用のローダーとヘリを東の広場に待機させますので、ここは我々に任せてください」
「わかった。奴らの足止めは任せたぞ」
「はい」
脱出の手はずも整い、ようやく光明が見えたと思った矢先、閃光が走った。司令室にロケット弾が打ち込まれたのだ。ここには人間の盾として民間人もいた。にも関わらず敵は攻撃してきたのだ。
「し、司令官殿…」
「げほげほっ、や、やつら、民間人も巻き込むつもりか!」
「そのようです」
「無差別というわけか…」
「い、急いで脱出してください!」
「うむ」
運良く助かった司令官は、一目散に広場に向かった。逃げる間に司令官は、敵の手口から特殊部隊、それも非正規部隊であることを悟った。
「くそっ! 地球軍にもぐりこませたスパイは何をしていたんだ! こうなる前に情報をよこすために潜入させたのに…畜生!」
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広場の近くまで来た司令官は、照明弾が打ち込まれるのを見た。それと同時に広場を警備していたローダーや兵士たちは敵との戦闘に突入した。
瞬く間に味方のローダーや兵士が倒されてゆく。敵のローダーはまるで弾の動きが見えるかのように巧みにかわす。だが、さすがにローダーキラーと謳われるヘリの攻撃をすべて回避することは不可能だった。それでも、最後まで立っていたのは、敵のローダーだったのだ。
「ば、バカな!? あれだけの集中攻撃を受けて、まだ動けるのか!!」
ローダーからは白煙と火花が飛び散っていた。もはや満足に戦うことはできない。しかし、パイロットから伝わってくる殺気は、前にも増して鋭くなった。司令官は自分がターゲットであることを再認識し、背筋が寒くなった。
彼は突き動かされるように、その場から逃げ出した。人間に残っている動物の本能が危険を感じ取ったのだ。
向かった先は、民間人を退避させてある巨大なテントだ。どの世界でも、戦闘になれば民間人を分かりやすい場所に集めて、敵にその場所を知らせるのだ。
こうすれば、敵はうかつに攻撃できず、自分らは民間人の中に紛れ込むことで、敵の攻撃を少しでも遅らせることができるからだ。
「はぁ、はぁ」
「司令官殿!! こちらです!」
「た、助かった」
「今ヘリを準備しております。なんとしても脱出させます」
「わかった。ところで、敵の情報は何かわかったか?」
「はっ、それが…」
ようやく敵の正体が判明した。それはあまりにも受け入れられない内容であり、二流ドラマの1シーンを思わせた。
「たった1人の女だと?! お前、こんなときに冗談を…」
「間違いありません!」
「地球軍の新兵器だ。きっと新しいステルス技術があるんだ」
「もしそうでしたら、すでに我々は壊滅しているはずです」
「だったらなぜ1人なんだ!」
「分かりません」
「まさか…何かの実験として…」
そのとき、別の兵士が飛び込んできた。
「ヘリの準備が整いました。すぐ出発します!」
「行きましょう!」
「うむ」
ヘリに向かう司令官。警護の者たちにがっちりガードされ、今度は無事に乗り込むことができた。ヘリは急上昇し、集落を飛び立とうとしていた。
「ふぅ〜、どうにか切り抜けたな。しかし、その女。いったい何者だ?」
「憶測の範囲ですが、1人の人間で我々と互角に戦うのですから、普通の人間ではありえないはずです」
「噂によく聞く改造人間か?」
「可能性はあります。しかし、あれは今の技術で作るのは無理だと」
「だが、相手は地球政府。実現したのかもしれんな」
「…ん? そこのパイロット。見かけない顔だが…」 |
乾いた銃声が兵士の言葉を遮った。胸を打たれた司令官は、静かに崩れ落ちる。彼が最後に見たものは、パイロットに扮装した女の、青い瞳だった。
数時間後、反地球組織の部隊が集落に駆けつけたとき、そこは火の海だった。生存者は1人もおらず、残骸と死体が辺りに散乱していた。
それから数週間後。すべての報告を受けた地球政府軍は、その結果に非常に満足していた。この成果を受けて、軍部はクロウディアプロジェクトに今まで以上の予算枠を設けた、これに伴い総責任者であるテルル参謀の権限も強まった。
一方、あまりにも汚いやり口に、反地球組織は地球政府を非難したが、それを示す証拠は何もなかった。
そこにあるのは、赤い砂と僅かに生息する動植物。そして、女が残していった戦いの傷跡。ただ、それだけである… |
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