リンリンやジョーカーに、事あるごとに馬鹿にされるネコミミのヘッドセット。
でも私はこれを四六時中頭に着けている。広報部隊員としての私である為に。
唯一このヘッドセットを外す就寝の時には、決まって思い出してしまう。
広報部隊に初めて来た、あの頃の思い出を……。 |
「えっ! 広報部隊に転属? 私が!?」
それは青天の霹靂だった。
無軌道に散らばった宇宙移民による、無秩序状態での惨劇。それを正す為、私は軍役についた。
人並みに野心もあった。経験や体格で劣る部分は人の数倍努力をし、私は部下を持つまでの階級になっていた。
そんな矢先の人事異動。それも……よりによって広報部隊。
国民の理解を得、また最前線の戦火にいる兵士達の戦意高揚の為に存在する、お飾り同然の部隊に行けというのだ。
文句の一つも出て当然だ。私の質問という形の叫びは続く。
「何故、私がそんな部隊に行かなきゃならないんですかっ!?」
「勿論、君の才能を買っての事だよ、レイチェル」
「しかし私は、そんなお飾りの部隊で働く事が、自分自身適所だとは思えません」
「そんな事は無いだろう。君は充分それに相応しい容姿を持っている。それに……」
「それに?」
納得が行かない私は、執拗に食い下がる。
軍では上層部、上官の決定は絶対……そんな事は重々承知であっても、
納得の行かないままの転属はどうしても我慢ならなかったから。 |
「その広報部隊は、他の広報部隊とは趣が異なり、全部隊から選りすぐりの人材を集めるのだそうだ。どういう意図が有るのかは知らないが、な」
「選りすぐり?」
「そうだ。しかも選抜基準で重要視されるのは容姿ではない。軍事的な資質……戦勲であり、射撃競技での成績であり、戦略・戦術論での成績優秀者であったり、だ」
「それで……私が?」
「そうだ。こちらの都合など聞かず、君を指名して来たよ。
上層部の出した転属命令だ。従わない訳にはいかんだろう?」
「……体のいい左遷では無い、のですね」
そこまで聞いても、愚痴の一つでも言わないと気がすまなかった私は、
そう呟いて、
「判りました。レイチェル=ジェラス、広報部隊への転属命令、
確かに受諾しました。今までお世話になりました」
ふっきるように敬礼し、私は荷物を纏めるために部屋に戻ったのだ。 |
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広報部隊に来た私は失望していた。さらに言うと孤立してもいた。
噂どおりに広報部隊には、各部隊の選りすぐりが集められていた。それは間違い無かった。
だが、この部隊には隊を纏める長、隊長が居なかった。
隊長は遅れて選抜されて来るとのことで、それまでは隊員のみで訓練、慰安など、
すべてをおこなっていく事になる訳なのだが……。
私同様に、容姿では無く能力、功績を選考基準として集まって来た彼女らは、ココに来た事を喜んでいる。
彼女らが望んで来た事自体は別に咎められる事では無いが、問題は彼女らの喜びの意味は、厳しい軍役からの解放。
アイドル然とした扱いをされるであろう部隊での気楽さ。
彼女らは訓練時にも、おしゃべりしながらで身が入ってない。
女所帯の悪い部分であるのだろうが、初めのうちは私と共に真面目に訓練をこなしていた人達も、
そんなグループの色にいつのまにか染められ、おしゃべりの輪に加わり訓練はただこなすだけ……。
それを咎める私の言葉に、初めのうちはしっかりと頷いていたのだが、連中は次第に私を疎ましく思うようになり、
しまいには無視しだす始末。 結果私は一人、部隊の中で孤立した状態で黙々と訓練をこなす日々が続いた。 |
そんなある日、一人の女性が広報部隊に入って来た。活発を絵に描いたような女性。
体格に少々コンプレックスが有る私には、まぶしすぎる肢体をもつ彼女。
しかし……
「ま、適当にやっときゃいいんじゃなーい? 訓練で死ぬ訳ないしぃ」
そう彼女は言い、他の隊員とおしゃべりをしながら訓練に挑む。
またか! コイツもあいつら同様、この部隊をそういう風に見ているのか。
そう思いうんざりしたのだが、しかし私は有る事に気付いた。
おちゃらけながら訓練を受けている彼女が、いざ実技に入るその瞬間、
見ているこちらが気後れする程の真剣な眼差しに変わった事に。
彼女は入隊初日の訓練を終わらせると、先に訓練を終了し一人佇んでいた私のところへ来てこう言ったのだ。
「ねぇ、なんで一人で居るの? 訓練も、真面目なのは良いけど、そんなに肩肘張ってたら疲れるっしょ?皆と一緒に明るくいこうよ♪」
「断る! 私は、軍務を軍務とも思わずに、ちゃらちゃら不真面目にやってる連中と仲良くやるつもりなんて無い!」
自分は間違っていない。なんで自分が……やりきれなくなって俯いた私の頭に、違和感ある髪飾りが差し込まれた。
「これは……ヘッドセット?」
頭を上げた私に、彼女は手鏡をかざして私の姿を見せる。
鏡の中にはネコミミヘッドセットを着けた私の姿が映っていた。
「な、なんのつもりだ! こ、こんな……」
コスプレ然としたそのネコミミヘッドセットを外そうとした私を制止し、彼女は言う。
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「あーダメダメ! せっかく可愛いのに、そんなギスギスしてるから友達も出来ないんだぞー。そのネコミミは貴方が生まれ変わった証。 可愛く見せるのも広報部隊の立派な仕事じゃない? レイチェルさん」
「そ、それは……」
「自己紹介が遅れたわね。あたしはマキ。マキ=アルディート。さっ、皆の所に行くわよ♪」
無理やり引っ張られる私。 抵抗はしたものの、ゴリラみたいな怪力になす術もなく、他の隊員のところへと引きずられながら連れて行かれる。
……微妙な空気。
当然だろう、私はここしばらくの間、無視されていた身。
そんな空気の中、マキはびしっ!と他の隊員たちの塊を指差し、こう言ったんだ。
「あんた達も、和気藹々と楽しくやるのは良いけど、訓練で自分の番になったら真剣にやるっ! 訓練じゃ死なないけど、実戦でその調子じゃ死ぬわよ、間違いなく」
「で、でも、広報部隊って言うからには、広報活動中心なんでしょ?」
その隊員の反論は至極まっとうな物だった。この広報部隊の設立が通常のそれと同じだったら、の話であるのだが。
「ざーんねん。あんた達もこの部隊に招集されたのなら知ってると思ったんだけどなぁ…… ここはね、ある目的の為に、各部署のエキスパートが呼ばれ、実戦と広報活動を両立させる為の物なのよ。ある目的ってのは秘密だけどね♪……ともかくっ」
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そう言ったマキは大きく胸をはり、こう続けた。
「この部隊の副隊長としてやってまいりました、マキです。以降貴官等は、あたしの命令に従うべしっ! なんてね♪」
「副隊長!? 貴方が?」
「そっ。一日この部隊の新入隊員として入ったフリして、状況を把握してみたんだけどね。とりあえず、規律規律言ってる人はもっと柔軟に! 柔軟すぎる人たちはもちっと真面目に取り組むべし! あと、仲良くやろうよ、ねっ♪」
そういうと、無理やり手を掴まれて、私はみんなと握手させられる。
皆この奔放な副隊長のペースに嵌ってしまってしまったようだ。勿論、この私も。
結局、長が不在だった部隊に、このゴーイングマイウェイな副隊長が来たことで、隊としては引き締まった。
私も規律面などで譲歩することを余儀なくされはしたが、他の隊員たちとも一応は仲良くやっていけることになった。 |
暫くして、私は隊長補佐の肩書きを貰った。隊長が今だに不在な状況では、隊長も同然の肩書きだ。
……副隊長殿が、細かい事は面倒だからと私を勝手に任命し、しかも後付けで軍から正式な役職として任命されたものだった。
……まぁ、規律を愛する私が隊長補佐で、奔放なマキが副隊長、というのは丁度バランス良いのかもしれんのだが。 |
結局、この広報部隊は幾度かの入除隊を経て、クロウディアが隊長として赴任し現在に至る。
私は隊長補佐の役職をそのまま継続する事になった。
あの頃から残っているのは私とマキしかいない。
出会いの頃感じた、マキへの感謝と憧れにも似た感情は今は無い。大体にしてあの女はいい加減過ぎるのだ。
私がしっかりしていないとダメだろう。
でも、あの時着けられた、ネコミミヘッドセットは今も着けている。
思い返せば随分と独り善がりだった、あの頃の自分の肩の力を抜いてくれた……マキがくれたヘッドセットを今も……。 |
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