1

「それでは、なにか必要な物がありましたらなんでもお申し付け下さい」

 まるでホテルの従業員のような、丁寧な物腰で男はそう言った。服装は、黒いスーツにきっちりと締めたネクタイといった感じで、一見するとホテルマンには見えない。しかし案内するときの手慣れた様子や言葉遣いから、案外本当にそういう人間を連れてきたのかとも思える。馬鹿げた計画にお似合いの、馬鹿げた規模の話だ。
 説明を受けているのは、三日間ほど過ごした自分の部屋の前だったが、明らかに今までとは扱いが変わっていた。初めてここに連れてこられた時は、痩せた、どこか学者然とした若い男が、ここでお待ち下さいと素っ気なく言っただけだったか。

「なんでも、と言ったな?」

 自らの立場はわかっているつもりだった。俺はこの場所になくてはならない、重要な人物だ。多少の無理も通るだろう。下らない茶番につきあわされている代償だとも言える。

「……はい。ウォルシュ様の望むように、と仰せつかっております。もっとも、ここに集められた物資の許す限り、といったところですが」

 不遜な態度に見えたんだろう、男はわずかにひるんだ様子を見せ、それから何事もなかったかのようにそう答えた。

「ベッドをもう一つ用意しろ」

 後ろで黙ったまま突っ立っている少女が、息を飲む音が聞こえた気がする。さりげなく視線を向けると、初めて見たときと同じ、無表情のまま、そいつは立っていた。

「かしこまりました。彼女の分も含め、お着替えは毎日こちらでご用意いたします。お食事は、いつもと変わらず内線でお申し付け下さい」

 案外すんなりと通るものだな、とひそかに考える。ジーンが言った、好きなように、という言葉は本当だったらしい。

「どのくらいで用意できる?」
「三十分以内には」
「わかった。それと……」

 少女に声をかける。

「お前、なにか必要なものはあるか? 当分はここで暮らすんだ、今の内に言っておけ」

 急に話しかけられ、ややためらった後、そいつは答えた。その提案を、優しい言葉としてとらえただろうか?

「……私物を、自分の部屋から持ってきても構わないでしょうか?」
「それ以外は?」
「特にありません。ありがとうございます」

 感情を無理に押し殺しているのがわかる、抑揚のない話し方だ。いつも心の中で疼いている、得体の知れない怒りが、かすかなうめき声を上げた。装った無表情を壊す瞬間が、妙に待ち遠しく思える。

「よし、今すぐ持ってこい。それからはずっとこの部屋にいるんだ。俺が許しを出すまでは」
「……かしこまりました」


 男と同じ慇懃な答えだったが、かすかに震えているのがわかった。

index