ドアをノックする音に、顔を上げる。
ゆっくりと立ち上がりドアを開くと、ベッドを乗せたキャリーと共にさっきの男と他に何人かの男が立っていた。
「奥へ」
彼らはなにも聞き返さずに部屋の奥へと入り、元からある俺のベッドを動かし、二つを並べた。
「シーツなどの交換は、いつも通りウォルシュ様がお出かけの際にさせていただきます
「わかった」
そんな短い会話を済ませると、男達は部屋を出て行く。その際に、若い男の一人が興味ありげに辺りを見回しているのが目に付いた。接客業に慣れた者のする仕草ではなかった。おそらく俺とあの少女のことを知っているんだろう。よく見れば、一応スーツを着てはいるものの、彼だけはどことなく着こなせていない感じがした。丁寧にお辞儀をして出て行ったあの男とは、明らかに違う雰囲気だ。最初に俺をここへ案内した、学者のような男と、同じ印象ともいえる。
必要な人材は揃えはしたが、そこまで頭数を増やすこともできなかった、といったところか。
その若者と入れ替わりに、あの少女がドアを閉めた。
「お待たせいたしました」
そう言いながらも、少女は目を伏せる。手にしていたのは、薄汚れたバッグが一つで、中に着替えが数着入る程度の大きさしかない。とはいえ、着替え自体は用意してくれるらしいから、中には他の物が入っているのかもしれなかった。
「荷物を置けよ。それと、少し話をしよう」
少女は、言われるままにバッグを下ろし、立ったままでいるべきか一瞬迷いを見せた。ドアを開けた時から俺も立ったままだったから、部屋のほぼ真ん中にある机を囲む二つの椅子の片方に腰を下ろし、もう一方を少女に勧めた。
「ありがとうございます」
その抑制された声が、次第に変わると確信しながら質問を投げかけた。
「名前は?」
「リ・ジーメイと申します」
「歳は?」
「十三になります」
「若いな。それで、なんでこんな仕事に?」
「……故あって」
そう言って、リ・ジーメイと名乗った少女は言葉を濁す。
話すべきは、そこか。
「リ・ジーメイって、呼びづらいな。シャオリーでいいな」
大陸系の顔立ちや名前からもわかったが、おそらく漢字で『李』と書くのだろう。
「ウォルシュ様のお好きなように」
「良い返事だ。仲良くやっていけそうだな」
「ありがとうございます」
馬鹿みたいにシャオリーはそう繰り返し、視線を外すように椅子の上で深くお辞儀をした。
「さて、本題だ」
「……なんでしょう?」
「なぜこんな仕事を?」
「申し訳ございませんが、お答えできません」
「理由は?」
「私個人の問題です。ウォルシュ様には関係のない話ですので」
ジーンから話すな、と言われているわけではないらしい。それはまた、都合が良い。しかし、言い逃れをされるのも面倒だ。
「誰かに話すな、と言われているわけではないんだな?」
「それは……はい、そうです」
「質問を変えよう。お前が雇われた時の条件は?」
「申し訳ありませんが、質問の意味がわかりません」
「お前の仕事内容だよ。雇われるとき、なにをするように言われた?」
「全て、ウォルシュ様の仰る通りにしろ、と」
雇い主の出した条件は、メイドとして世話する相手の、全ての要求を受け入れること、といった感じか。この計画のトップにあるのは合衆国だろうが、よくもまあ、こんな年端もいかない少女にそんな条件を出すものだ。
しかし、俺にとっては好条件だと言える。
「よし。なら質問を繰り返そう。なんでこんな仕事をしているんだ?」
シャオリーの顔が、強ばった。弱い者がよくするように、許しを乞うような視線が向けられる。それこそが俺が望むものだとは、知る術もなく。
「なぜだ? 答えろ」
「……お金が……必要だったんです」
「なぜ?」
「借金があるんです」
思わず、笑いがこみ上げる。声にこそ出さなかったが、シャオリーの表情を見れば、それがいかなる効果を与えたかは面白いくらいにわかった。
「まだ若いのに大変だな。なんでそんな借金を? いくらだ?」
「答えたくありません」
気丈にもきっぱりと答えたが、それが通用しない相手だともわかっているのだろう。言ってすぐにシャオリーは顔を背けた。
「……いくらだ?」
シャオリーは口を閉じたままだ。
「借金のことじゃない。この仕事を終えた時、お前はいくらもらえるんだと聞いたんだ」
「……借金の、約半分です」
「それはまた、ずいぶんと多額の報酬だな」
金額を言わないところに用心深さを感じたが、その意志ははっきりと伝わった。なにかわけありなのはこの場にいることだけでも容易に推測できたが、想像した以上に面白そうなことになりそうだ。
「最初に言わせていただきます。この件について、これ以上あなたにお話しすることはありません。ですが、それ以外では、あなたに決して逆らいません」
「お前、まだ自分の立場がわかってないんだな。頭悪いだろ?」
そろそろいいだろう。茶番劇もおしまいだ。もっといたぶってからにしたかったが、少しばかり疲れていた。必死にシャオリーが隠そうとしていることくらい、いつでも聞き出せる。
今は、とっとと欲望をはき出して、そして眠ろう。あの計画も、ロケットも、俺には関係ない。金だけもらってさよならだ。
アキラとかいういかれたガキが、あの人形みたいな子どもに情が移って一緒に乗るか、もしくは、生意気なアロイスって小僧が、一緒にいた女を守るためにロケットに乗り込むだろう。俺には関係ない。
「来い。お楽しみの時間だ。もっとも、お前はちっとも楽しくないだろうが」
できるだけ残忍に映るよう、笑みを浮かべる。しかしシャオリーは、むしろ安心したかのように頷く。それが少々癪に障ったが、単なる強がりに過ぎない可能性もあった。
強引に肩を掴んでベッドへと押しやると、まるで為す術もなく、シャオリーはシーツの上へと転がった。服の上から掴んだ腕は細く、骨の感触が直に伝わるくらいにその肉は薄かった。
「叫んでみるか? 無駄だろうけど」
挑発的にそう言ったが、シャオリーは小さくうめき声を上げ、まともにこちらの顔も見ていなかった。それが、心地よい背徳感を生みだす。構わずにその服に手をかけた。
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