手を完全に離すと、シャオリーは床に崩れ落ちるように座り込んだ。
「早く答えろ」
その怒りが、どこから沸いてくるのかはわからなかった。唯一わかるのは、それが全てシャオリーのせいではないことだけだ。しかし、その感情を抑えることはできない。激しい怒りが身体を支配するのを、半ば他人事のように引いた位置から見ているような感覚だった。
「俺以外の二人の評価でも、報酬の額が上がるのか?」
「それは……ありません……」
「それも嘘か、本当かはわからないな」
「約束しましたから……嘘は、つきません」
「さっきのは?」
「あれはただの冗談です。それくらいは理解していただけるかと思いましたが」
息を整え、シャオリーは顔を上げた。その顔には、純粋な怒りが浮かんでいた。それこそが求めていたもののはずだったのに、一瞬その勢いに気圧される。
これが自分の望みだろうか? 囁くような声が、また聞こえた。
そうだ、と肯定する声も。
では……怒り、憎悪され、その先になにがある?
「なら、なぜだ?」
「あなたが話し合うべきだと思ったからです。あの話し合いから逃げるべきではありません」
「べきでは、と言うのか? 無関係のお前が」
「無関係だとは思いません。私はすでに、あなたに関わっています」
「では更に尋ねようか。なぜ逃げるべきではないと、お前は言うんだ?」
「全ての人間が死ぬ可能性が増えます。あなたが死を恐れたばかりに」
「シャオリー。お前は、死を恐れないとでも?」
「少なくとも、あなたのようには恐れていません」
人がどのように死を恐れるかなんて、それこそこいつには関係のない話だ。
「俺が死ぬのと人類が死ぬのと、どれほどの違いがある?」
だから、物事の核心をつくように話題を変えた。
「全く違います」
「俺にとってだ。他の誰でもない、世界中の誰かなんて曖昧な人間じゃない」
シャオリーは、ようやく口を閉じた。自分が死ぬということと、世界が死ぬということは、少なくとも死ぬ当人にとっては同意義だ。
世界人類の平和のため?
ただの偽善だ。
残された誰かのため?
本当に愛しているのなら、一緒に死を選ぶだろう。
「わかったら黙れ。そして、二度とこの件に関して口出しするな」
「あなたとの約束はどうするんですか?」
「……約束?」
「言葉を飾るな。そして、偽るな」
シャオリーは、低く呟く。
「あなたは、真実を話せと私に言いませんでしたか? ただ沈黙をしろと、そういうことなんですか?」
それは違う、と言う反論を口に出したりはしない。それは間違っていなかった。ただし……。
「それはいい、そのままで。だがそれは、俺がお前に当たらないという保証にはならない」
「……そう、ですか」
「それも含めての報酬だろう?」
絶望したような目で、シャオリーは俺を見上げた。
「わかりました。あなたのお好きなように」
「ああ」
「ただし、私があなたに対して、率直な意見を述べることはもうないでしょう」
「死を恐れないのに、痛みは恐れるのか」
「あなたに失望しただけです。あなたのためを思って、さきほどの会議では手を上げたんです。きちんと話し合いに参加できるように。あなたが後悔せずに済むように」
軽く咳き込み、シャオリーは立ち上がった。本気で言っているのか?
「……後一回だけ、真実を口にしろ」
「お断りします」
「……頼む。あと一回だけで良い。質問に答えてくれ」
弱々しい声で、俺は懇願した。断れなくするために。
「……わかりました」
「ありがとう」
心からの感謝を顔に貼り付け、最後の質問を投げかけた。
「俺がロケットに乗ることと、お前の報酬にはどんな関係がある?」
もしこれで、なんの関係もないとシャオリーが言ったのなら、認めよう。彼女は誇り高き人間で、尊敬すべき人格者だ。
「リ・ジーメイ。答えろ」
少女は、目を大きく見開いて、それから大粒の涙を流した。
「報酬は倍になります。私の借金の全てが、それで返済されることになってます」
「いくらだ?」
「……」
「答えろ!」
「……二億ドル」
「借金がか?」
シャオリーは泣きながら頷いた。俺の世話をすることでその半分。俺をロケットに乗せることで残りの半分。
「安いもんだな。俺の命も」
自嘲的な呟きがこぼれる。
「もちろん、お前の命もな」
雇われたのは、ただのメイドの仕事のためではない。世話をするということは、つまりは身体を売るのと同じ事だった。
「ついでにもう一つくらい、いいだろ。答えられるな?」
シャオリーは、その言葉に対してはなんの返事も返さなかった。だが、構わずに続ける。
「不慮の事故でお前が死んだ場合、報酬はどうなる?」
時間をかけ……ゆっくりとシャオリーは答える。
「あなたが……シャトルに乗る乗らないに関わらず……全額」
「……なんだ、お前の方が倍だったか」
そして、何かが頭の中で繋がった気がした。
「お前が死を恐れないのは、そのせいか?」
答えはない。
「それが望みだったのか?」
自分の望みすらわかっていないのに、そのことは棚に上げ、なおも続ける。
「まあいいか。好きにやらせてもらう」
怒りはすでに、どこにも存在しなかった。
しかし、身体は熱く、渇いていた。
「……ウォルシュ」
囁くようにシャオリーは俺の名前を呼んだが、それを無視する。
昨日と同じように、乱暴にその身体をベッドに押し倒した。
そして、そこからは、何もかもが違った。
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How
much is the price of your life? ---END |
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