クリスの演奏が終わり、午後のプログラムの約半分が終了した。
これから十分ほどの休憩が入るため、場内の照明が一気についた。
同期の感想を聞くこともなく、席から立ち上がる。



「それでは、私はこれで失礼します。これから彼に会って、軽く説教でもしてきましょう」
「あはは。指が追いついていない箇所がありましたね。
まあそれを差し引いても、やっぱり私は好きですね。先生の教え子には、本当に良い子が多い」
「いえ、ぎりぎり及第点といったところですね。まだまだ教えたいことはあるのに、彼ももう三年生です」



 そうは言ってみたものの、あと一年時間があったところで、クリスの基本的な所は変わらないのかもしれない。


「先生はまだ、ここでお聴きになるんですか?」
「ええ。うちの三年でも、卒業演奏でフォルテール科と組みたいって生徒が結構いるんですが、その下調べにね」
「さすがに、彼はお勧めできませんが」
「ええ、癖がありますからね。でも逆に癖のない声と合わせれば、彼のフォルテールが引き立つかもしれませんよ」
「一応、考えておきましょう」



 そう告げて、今度こそ外に出ようと横を向くと、女生徒が一人、こちらを向いて立っていた。
 失礼、と声をかけて通路に出ると、後ろで、さっきの同期の講師となにやら話しかけているのがかすかに聞こえた。
女生徒の方にもなんとなく見覚えがあったので、振り返って確かめてみる。
すると、講師が私の方になにやら手招きをしているのが見えた。



「どうかしましたか?」
「ちょっと、彼女の話を聞いてくれませんか?」



 会場内だからか、小さな声で彼が言った。その女生徒が丁寧にお辞儀をして、私の側に寄る。


「彼女がさっき言ってた、フォルテール科と組みたいって言ってた子なんですが、ちょっと先生に話があるみたいなんです」
「あの……」
「ああ、君は確か……ファルシータ君だったかな」



 声をかけられ、ようやくその名前を思い出す。
今年の春まで生徒会で会長を務めていた、才女と言ったところか。
音楽の才能についても申し分無い、と言うのがたいていの周りの評価だった。



「あ、はい。ファルシータ・フォーセットです。
もしよろしければ、少しお話出来ないかと思ったのですが」
「私にか?」
「ええ」



 彼女の言葉とほぼ同時にブザーが鳴り、次のプログラムがそろそろ始まることを場内に告げた。


「わかった。ここではなんだから、外に出よう」


 声楽科の講師が私に向かって軽く頭を下げ、彼女もまた丁寧に頭を下げた。
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