彼女の最後の歌声が、音楽室の壁に吸い込まれていった。フォルテールの余韻も、それと同時に消え失せる。素晴らしい歌声だった。それが、終わった時の率直な感想だった。
 そしてまた、素晴らしい演奏だったとも思える。
 私は彼女の声を聴いてからずっと、演奏が終わった頃にはみじめな気分になっているに違いないと思っていた。それほどまでに実力の差を感じてしまっていたし、実際に一緒に演奏してみても、それは明らかだった。
 でも……その歌声は優しく、私のフォルテールの音を包み込んでくれた。例え私が弾き間違えてしまったとしても、リセちゃんは気遣うように微笑みを浮かべ、間違いをかき消すように歌声を大きくした。
 目を合わせ、呼吸を合わせていると、彼女と一体になった気さえする。私が音楽を始めてから、まだ数回しか味わったことのない、音との一体感。それを、まだ学院に通ってすらいない一人の少女との間に通わせることができるとは。
 私はまた、そんな風に感じる自分の感性にも驚いていた。成り行きでここに通うことになった私は、音楽への情熱などはもちあわせていないはずだった。
 そんな私でさえ、今では心が躍り、演奏中はずっと、私達の作り上げた音楽が終わりを告げるのを残念に思っていた。そして、終わった後は幾ばくかのもの悲しさと、それ以上の充実感を味わっていた。


「……あの、どうかしましたか? 私の歌……変でした?」


 一瞬、謙遜でそう言っているのかとも思った。でも、彼女の顔は真剣で、冗談を言っているようには思えない。これだけの歌を歌えて、どうして? とも思ったが、すぐに思い直した。
 小さい頃から歌を歌い、ピオーヴァ音楽学院に来るくらいの女の子だ。家庭でも、ずいぶんと厳しく育てられたのだろう。うわついた気持ちでここに来た私とは、全てにおいて違うのだろう。



「いや、どこも変じゃないよ。すごく上手かったよ」
「ほ、本当ですか?」
「うん」



 私が心からそう言っているのが、口調でわかったんだろう。嬉しそうにリセちゃんはそう言って、頬を赤らめた。私が女じゃなかったら、思わず抱きしめてしまいそうな笑みだった。


「ラッセンさんも上手かったですよ。さすがだと思いました」


 それがお世辞の類であることはわかっている。でも、心からそう言ってくれていることがわかり、笑顔で頷いた。それに、今の演奏だけ聴くのなら、私もそう捨てたもんじゃないとも思える。リセちゃんの歌声に引き立てられて、というのが正直なところだが、悪い気はしなかった。それも、彼女の人柄なんだろう。


「あ……あの、それならもう一曲いいですか?」
「もちろん」



 調子に乗って私も答える。こんなに純粋に音楽を楽しいと思ったのは、いつぶりだろう。もっともっと小さい頃だったか、それとも学院に入ってからは、全くなかったんだろうか。
 でも、それも今はどうでもいいことだ。私はフォルテールに再び向かい合い、彼女の知っていそうな曲を選んで弾き始めた。案の定彼女はその曲を知っていたらしく、続けて歌い始める。

 

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