それから数時間くらい経ってからだろう。
控えめにドアをノックする音が聞こえ、待ちくたびれた様子のトルタが大きな声を上げながら、客を出迎えに行った。

「もう、遅いよ。昼過ぎっていうのは、せいぜい二時まででしょ」
「……ごめん、なんか体調が悪くて」


 ドアの前での二人の押し問答が、最後のクリスの一言で終わりを告げた。二つ見える人影の一つが私に近づき、椅子の肘掛けに置いてあるこの手に触れた。

「遅くなってすみません。ちょっと事情がありまして」


 触れた手が、少し熱い。だるそうな声で、クリスは私にそう言った。


「風邪かい? 少しからだが熱いみたいだけど」
「そうみたいです。ちょっと昨日の夜から夏風邪をひいちゃったみたいで」



 軽くせき込んだ後に、クリスはようやくそう答える。それならそうと、早めに言ってくれれば良かったのにと思う。


「それなら無理に来ることはなかったのに。また、具合の良い時にでもいらっしゃい」
「……いえ、約束しましたから」



 立っているのが辛そうな彼に席を勧め、今日はこのまま寝かせた方が良いと判断した。口ではああ言っているものの、最近遠慮がちなクリスがすぐに席に座ったくらいだ。相当きついんだろう。


「少し横になるかい?」
「……いえ、本当に大丈夫です。それより、せっかく来たんですから」



 クリスは言いながら、机の上に何かを置いた。多分、フォルテールを持ち運ぶためのケースだろう。


「ちょっと、クリス……結構ふらふらしてるよ。今日は……」
「だから、大丈夫だって。フォルテールまで持ってきたんだから、いつものように……」



 トルタの心配する言葉を遮るように、クリスはそう言い張ろうとする。
 その彼の言葉を止めるように、今度は私がその名前を呼んだ。


「クリス」
「……はい」
「少し寝なさい。部屋はお客さん用のがあるから」



 優しく、諭すように言うと、クリスは子供のように頼りなげに頷いた。

 

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