会議室では、ジーンがすでにスクリーン前のいつもの席に座り、プリントアウトされた書類を読みふけっていた。どれだけモニターやスクリーンが発達しても、人は紙よりも優れた発明品を創り出すことはできなかったらしい。
「遅かったわね」
顔を上げ、ジーンは少し笑みを浮かべた。隕石の話をするときの皮肉っぽい笑顔とは違い、なにかを面白がっているようにさえ見える。このプロジェクトの責任者ということで、威厳に満ちているように思えた顔も、意外なほど若かった。
いつも来ている白衣の下は、黒のタートルネックのサマーセーターだった。身体のラインが強調されている。彼女とは何度か会っていたが、女らしさを初めて感じた。
「で? あなた達を殺す方法だったわね」
ただし、二人の間で交わされる会話が、いつもと変わるわけもなかった。
「ああ、それを聞きたい」
「何故知りたいの?」
「会議の様子は見てるな?」
カメラも設置されているようだし、計画の責任者としては当然見ているだろうという予想はしていた。
「ええ。それがどうかしたの?」
「アロイスに、殺すと脅されている。こんなとこで死ぬつもりはないんでね、その方法がもし存在するのなら知っておきたい。俺が途中で死ぬのは、あんた達にとっても都合が悪いはずだ」
「あら。あなたがそうし向けているように見えたけど」
ジーンはリラックスした様子でタバコに火をつけた。
「怖くなって泣きついてきたってわけ?」
「そういうことだ」
怒ってみせるパフォーマンスも一瞬考えたが、相手に合わせるふりをしておこう。言葉を額面通りに受け取るほど、頭の悪い女ではなさそうだ。
「目的は何?」
「好奇心……ってのがないわけでもない。さっきも言っただろ。アロイスがなにか仕掛けて来た時の対処。もしくは、俺が奴を殺さないようにするためにも知っておく必要があると思わないか?」
「ま、あなた達に殺し合いをされるわけにもいかないから、簡単になら教えてあげるわ」
簡単になら、と付け加えるくらいだから、全ては教えないつもりか。
「機密なのか?」
「明日になったら詳しく説明するわよ、どうせ」
「なぜ明日?」
「明日になったらわかることを、わざわざ聞くの?」
「なぜ、と聞いたんだ」
「面倒だからよ」
さらりとそう言いのけて、ジーンは一本目のタバコを灰皿に押しつけた。ガラス製の大きくて丸い灰皿は、今はまだ綺麗だった。彼女が会議室でずっと仕事をしていたのなら、そうはいかなかっただろうが。二本目にはすでに火が灯っていた。
「あなた達の能力の発動には、いくつかの条件があって、それはアロイスの言った通り、認識することなの」
「強く願うことじゃないのか?」
「それは発現条件の一つ。発動条件、わかりにくかったかしら?」
発現条件か。
それにしても、どちらの条件にもわざわざ“一つ”というからには、他にもなにか条件があるってことになる。
「続けろ」
「言葉でも、頭の中で意識するのでもどっちでもいいけど、とにかく認識することが発動条件なの。あなたの場合、対象者の感情を消す、と頭の中で命令するわけね。もちろん命令じゃなくても、そうしたい、するべきだと強く思えば能力は発動する」
いつになく真面目な顔で続ける。
「アンチ・レス系のもう一つの能力も、それは例外ではないの」
「だが、あれは個人の意志で、任意に出せるものじゃない」
「あなた達が危険だと判断するだけの力が、自身に向けられている。それが条件の二つ目ね。でも認識することに違いはないの。例えば――」
ジーンは机の上から適当になにかを選び、目に付いたらしいペンを一つこちらに投げてよこした。ゆっくりと、弧を描くように。
手で受け取ると、ジーンはにっこり微笑んだ。
「次、行くわよ」
今度は迷わず、ジーンは手にしたタバコを器用に指で飛ばす。彼女がなにをしようとしているのかが、それで理解できた。
わかったから、わざわざ避ける手間も省いた。
「あなたに向かって放たれた力の、ベクトルも強さも早さも関係ない。あなたがそれを危険だと認識することによって、力が発動する。つまり、危険だと認識できない限り、無力なのよ」
「具体的には?」
「……ねえ」
声色が変わった。目つきも。
「そんな話より、楽しいことしない?」
なにがジーンをその気にさせたのかはわからなかったが、彼女は立ち上がり、俺の側へと歩み寄った。
「周りは痩せこけた科学者ばかりで、つまらなかったのよ」
「なんだ、欲求不満か?」
「そういうこと」
話をはぐらかすための方便か。
いや……さすがにそれはないか。
「ねえ、どう?」
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