「よう、遅かったな」
ドアを開けて入ってきたのは、おそらく最高級の娼婦だった。女が部屋に入った途端、高級そうな香水の甘ったるい匂いが部屋に漂った。
「ご指名ありがとうございます」
腰まで伸びていそうなブロンドの髪を後ろで束ねていたが、まるで挑発するように髪留めを外し、髪をかき上げた。
「あら? その子は?」
部屋の隅でうずくまっているシャオリーを見つけ、娼婦は微笑んだ。
「見られながらするのが趣味なの?」
「用済みだって言ったのに、出て行かないんだ。帰りに連れていってくれ」
「飽きたの?」
「そういうことだ。名前は?」
「本名がいい? それとも商売の時の名前?」
「どっちでもいい。呼ぶときに不便なだけだ」
「テレサ・ハース。一応本名よ」
偉大なマザーか。まあいい。
「一応シートで確認してくれる? なんなら私も結果を見せてあげるわ」
「面倒だ。俺だけで良い」
数センチほどのシートをプラスチックのケースから一枚取り、口に含む。数秒もなめていれば、唾液の成分から、HIVを含むあらゆる性病が潜在しているかどうかを知ることが出来る。夜の商売をする者にとっては、今では欠かせない道具だ。こうして客に検査をさせているなら、別にそれほど気にすることはない。
「あら、結構慣れてるのね」
テレサはそう判断し、服を脱ぎ始めた。
色の変わらなかったシートを彼女の前に差し出すと、彼女は受け取り、卑猥な手つきでそれを自分の口に含ませた。
「人に見られてするのは久しぶり」
テレサは、下着もつけていなかった。服の下から表れた肉体は、称賛するに値するものだった。そしてふと、思いついたことを口にした。
「一回で、いくらもらえるんだ?」
「……そうね」
テレサは俺の顔を見つめ、それから言っても構わないだろうと判断したらしく、少し砕けた口調で答えた。
「あなたと百回寝れば、十年遊んで暮らせるくらいね」
金額をざっと頭の中で計算したところで、シャオリーの非難するような視線とぶつかった。
「なんだ? まだいたのか」
シャオリーは、小さく俺の名前を呼んだ。
「ウォルシュ様」
その声を聞いた途端に、怒りが溢れて、こぼれた。
やる気も失せた。
「二人とも出て行け」
「あらあら、ちょっとそれは酷いんじゃない?」
「三回くらいやったことにしておけ。聞かれたらそう答えておいてやる」
「聞かれはしないんじゃないかしら? この部屋、多分監視されてるわよ」
「じゃあちょうど良い……おい、ジーン!」
盗聴器や隠しカメラがあると仮定して、話しかける。
「気分が悪くなった。どこかで聞いているのなら、彼女に正当な報酬を払っておけ。おい、テレサ。もし報酬が支払われないようだったら、言いに来い」
「ま……私はいいけどね」
テレサは、あざ笑うように鼻を鳴らし、部屋を出て行った。
部屋に残ったシャオリーは、無表情のまま俺を見つめていた。
「勘違いするな。考えてみれば、俺がお前の許しを受け入れる義務なんかなかった。俺はやりたいようにやる」
抵抗するシャオリーを力ずくで立たせ、ベッドの上に乱暴に投げ捨てる。
「死にたければ死ね。だが、俺に面倒をかけるな」
「……ウォルシュ様」
彼女は泣かなかった。やめてくれ、と叫ぶこともなかった。
ただ冷静に、俺の目を覗き込んで、囁いた。
「……殺して……やる」
それは、なんとも素晴らしい言葉だった。
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