10

 ジーンがアロイスにペンを投げつける所だけはなんとなく目で追っていたが、それ以外はほとんど無視した。ペンの件も、何度か自分で実験をしたことがあるから、別段驚くほどのこともなかった。ジーンは故意に話をしなかったみたいだが、訓練とやらをしなくとも、限界範囲が広がる方法は存在する。
 その対象への危機感の度合いに、その距離は左右される。銃とゴムボールとでは、明確にメートル単位の差が出る。ひょっとしたら隕石ほど巨大な物体なら、もっと差が付くかもしれない。
 ただし、結局はロケット自体が破壊される。そこに意味はない。
 全てを聞いていたシャオリーに簡単にまとめさせると、ジーンが言いたかったのは、ロケットに乗る奴は、みんな死ぬということらしい。だが俺は、死ぬつもりはない。

「私からの話は以上よ。これから、誰がシャトルに乗るか――そしてその選出方法を話し合ってもらうことになるけど、ちょうどお昼どきだし、ランチにでもしたらどうかしら?」

 昨日も思ったが、話し合いの方法を決める所から始めるとは、悠長なことだ。

「部屋に戻るか、ここでとるかは各自に任せるわ。とりあえず私は自分の職務に戻るけど、もし、客観的な第三者の意見が話し合いに必要だと考える者がいるのなら、昼食後にまた戻ってきてもいいわ。一応これでも、プロジェクトのリーダーとして、この件については責任をもってあたっているつもりだから」

 ちっとも笑えない冗談を口にしながら、ジーンは俺達三人を見回す。

「どう? アロイス。アキラやウォルシュも」
「第三者の意見は、いずれ必要になるかもしれません。ただ、現段階では当事者である僕達三人で話し合う必要が有ると思います」
「助かるわ。私もそれほど暇じゃないから。二人は?」

 ジーンの会話が始まった瞬間から、すでに答えは決まっていた。この話し合いに出る気は失せた。今必要なのは、俺がこの馬鹿げた計画に絶対に乗らないということをここにいる全員に知らしめることだろう。そのためには、いかに愚かに見えようとも、意見を変えずに、自分の主張だけを通す。相手があきらめるまで。

「……どうでもいい。あんたがいるかいないかで、俺の意見は変わらない。こんなくだらないことで死ぬのはごめんだ。話し合いに参加するつもりはない」
「それでは困るのよ」
「あんたがだろう? 関係ないな」
「世界中の人間が死ぬのよ。くだらなくもないし、あなたに関係ない話でもないでしょう?」
「俺は死なないかもしれないぜ?」

 本当は微塵も思っていないが、強がって見せる。愚かで盲目な男。それが今のウォルシュ・クーパーだ。

「確実に死ぬわ。地球が粉々に破壊されたあとで、生き残る自信があるのなら別でしょうけど」

「黙れよ。地球が滅ぶ前に死にたいのか?」

 街のごろつきを相手にするには充分なくらいに凄みを利かせてそう言ったつもりだったが、ジーンは表情も変えず、冷ややかに呟く。

「あなたこそ黙りなさい。あなたを殺す方法なんて、いくらでもあるのよ」

 その言葉に、言葉では表せない衝撃を受けた。驚きとも違う、なにか。
 だが、周りにそれを知らせるような、いかなる兆候も出さなかった。そうでないように努力はしたつもりだった。

「……ほう?」
「でも、まだそれを実行するわけにはいかないのよ。私たちが……人類が必要としているのは、あなたの死体ではなく、後に死体になるかもしれない、あなたの生きた身体なんだから」

 言葉だけをとらえれば、さほどユーモアの効いた台詞でもない。しかし俺にとっては、その直前の、殺す方法があるという事実を補強する形になり、それだけでも大きな意味があった。

「それでは、話し合いが終わるまで、この会議室は好きに使っていいわ。なんなら明日の朝まででもね」

 ジーンはドアの間で振り返り、笑顔で言った。

「そうそう、昼食をここで取るのなら、スクリーンの脇に内線があるから。アロイスもアイも、説明は受けたでしょう? 頼めば、大抵のものは出てくるわ。それではまた、明日の十時に、ここで」