━━ 皆様の担当部署と入社年度を教えてください。
百瀬 寿:1995年で、最初に入ったのはソフトウェア開発部ですね。今はデジタルアート部というイラスト制作の部署で部長をしています。特に最近はカードゲームのイラストを多く手がけています。
北川 貴規:入社年は1997年です。ソフトウェア開発部で部長をしています。オリジナルゲーム中心の企画開発や商品化を手がけています。
森 隆行:僕は正式には2010年頃なんですが、前職の頃から業務委託で工画堂スタジオのソフトウェアの営業をやっていたので、それ以前のお客様からすると「あれ?」みたいになるんですよね。今は営業企画部でコンテンツからイベントまでの提案型企画制作業務をしています。
鈴木 喜世子:デザイン制作部でグラフィックデザインを中心に、様々なデザイン業をやっております。入社年がびっくりする年で嫌だな。1990年です。
百瀬:あー。俺が高1だ。40年ぐらい前ですね。
鈴木:やめてそういうの。
━━ 当時の工画堂はどのような会社だったのでしょうか?鈴木:私は本当に初日から「なんて自由なんだ」っていう。あてがわれた席に行ったら先輩が2人並んでて、1人の先輩はもう漫画雑誌『ちゃお』をお腹に乗っけて、手を頭の後ろで組んで考えてるの。で、もう1人はお人形にリボンとかを巻いてんの。そういう仕事なんですけど、それが最初に見た光景なので……楽しそう! と。
北川:当時は大枠だと2部署しかなくて、オフィスが阿佐ヶ谷(デザイン制作部)と高円寺(ソフトウェア開発部)の2か所だったんですよ。高円寺はね、本当に汚くって……汚くて汚い。でね、人間もちょっと小汚いんですよね。
百瀬:(爆笑)
北川:20年ぐらい前のゲームの開発の現場って、物がごちゃごちゃあって、汗臭いオタクたちがいっぱいいて、みたいな感じのところでした。今も系統は同じだけど昔はもっと濃かった。僕はそういう人たちが苦手ではなく、むしろちょっと面白かったんで、居心地は良かったかもしれないですね。
鈴木:たしかに人も物もごちゃごちゃしていた印象ですね。
百瀬:僕は「課題提出しなくていいんだ! 学生と比べてなんて楽なんだろう」と思いましたね。学校では毎週課題提出があるので。
森:毎日これ描けあれ描けとかないんすか?
百瀬:仕事の中ではもちろんあるけど、持ち帰ってやれってことはないから。学校だと授業受けたあと、宿題が月曜日の午前午後、火曜日の午前午後って出るわけよ。1週間で6~12個出るんですよ。
森:ああー。
百瀬:だから会社行って帰ったら、あれ? なんか自分の時間がある! みたいな(笑) だからある意味、これじゃいけないなと思ったから、自分で色々やっていかないと、って思った。
森:転職組の僕からすると、全部が眩しかったです。前がゲームデベロッパーだったので、やった仕事も言っちゃダメとか。例えば「背景作りました」すら言っちゃだめとか、色々な制約があるんですよ。だけど工画堂はパブリッシャーだから、自分たちで作ったものを外に出すまで、ちゃんと自分たちで道筋を立てられるし、イベントでお客さんと直接触れ合ったりとかもできる。
━━ オフィスが二つに分かれていたということは、交流は特になかったのですか?
百瀬:ないかもね。(鈴木)喜世子さんのこと知ってました?
森:名前も知らない。みんなで一堂に会するイベントもないから。
鈴木:総会はあったよ。1年に1回か2回。
北川:あった。阿佐ヶ谷の公民館みたいなところでやってた。
森:年一で必ずやってました?
北川:年一ぐらいはやってた。会長(※前代表取締役会長・谷 欣伍)がいつも最後に締めで喋って、その話が面白くってね。「で、何の話?」みたいなことが多いんですよ、大体。この話はどこに着地するのかなと思ったら、着地しないまま終わったりとかするんですよ。
鈴木:タバコの話を良くしてましたね。
百瀬:病院行ったらタバコ吸っちゃだめって言われてるのに隠れて吸ってるみたいな(笑)でも80過ぎてあそこまで現役でやってるのはすごいなと思っていました。
━━ その頃から今日まで続けてこれた理由はなんでしょう?百瀬:クリエイティブの会社で、僕自身もクリエイターなので、やっぱり自分に合ってる社風だったっていうのと、会社の中の人たちが、結構人柄が良いというのは大きかったんじゃないでしょうかね。特にパワハラとかもないしね。
鈴木:私は仕事が面白いから……に尽きるかな。
百瀬:言い忘れてた。俺も仕事は面白いよ!
鈴木:ルーティンでもなくて、色々な仕事をやらせてもらえたんですよ。飽きる暇もなく次々案件も来るので。あとはもうなんか「責任感が……」で辞められない時期もあったし。辞めたい病はありましたけどね。でも、仕事自体が面白いから続いてるのかなっていう気はします。
━━ ひとりの社員に裁量を与えてゆくのが工画堂らしさの一つなんですかね?北川:それはあるかもしれないですね。
百瀬:クリエイターの会社ですからね。
━━ 時代の変化とともに、やはり業務内容も変わっていったのでしょうか。北川:ソフトウェア開発部は「コンテンツありき」という事業理念を軸に、本質的にはあまり変わってないんじゃないですかね。だけど、それを実現する上で部署としては最大限、多様性を持ち合わせていたいと思っています。あんまり同じものばかりになっちゃうと、一斉に死んじゃうじゃないですか。ソメイヨシノとか、孟宗竹みたいに。僕が入った時もソフトウェア開発部の中に大小5~6チームがお互いライバル視しながら存在して、四方八方に引っ張り合っていたのが良かったんだろうなあと思っています。
森:ゲームは作ったあと、お客様に届けるまでが難しいと思うんです。そこら辺をちゃんと分担してできるDNAがあるかないか、みたいなところがパブリッシャーにとって大事なんだと思っているんですが。
北川:デジタルゲームの黎明期って、多分そもそも作ってる人も買ってる人も少ないニッチな市場で、商売自体の規模が小さかったと思います。うちの部のスタートがそういう所からだから作って売るまでが一気通貫になっているのはごく自然で、それがずっと現在にスライドしてるということなんじゃないかな。ひと昔前から最近までのゲーム業界は、やっぱりスケールすることに一つの価値、というかそれを成功例に見ていたのは事実としてあると思うので、だいぶ姿としては違いますよね。うちは小規模のまま生きながらえたから、我々なりのあり方を考えなくちゃいけない。
━━ そこのカギが多様性ということでしょうか。北川:そうかな。それまでパワードールとか、ああいう重め、硬めのシミュレーションゲームを強く作ってきた中で、あるとき美少女ゲームを作り始めたんですよ。1999年とかそのくらいです。当時からしたら結構大胆な新機軸だったはずなんですけど、もしそのとき「こんな軟弱なもの作ってどうすんだよ」みたいな判断をしていたら、多分今のソフトウェア開発部はないんじゃないかと思う。そういうゲームを作る人たちを認められたから、結果的に美少女ゲームがもう一本の柱になって、今に繋がって、少しだけ強い組織になれたと思うんですよね。
━━ 他の部署はどのようにして誕生したのでしょうか?百瀬:スマホをみんな持ち始めたときに、スマホゲームのバブルが来たんですよね。イラストの需要がガーッと増えて、「黄金の実がなってるぞ!」って、みんなでイラストを描くみたいな時代があって。そこで一部署作りましょうってことで、僕含め、ソフト部にいた3人でイラスト制作部を作った。その仕事がぶわっと増えてきて、社内で全部抱えてやるっていうのも結構しんどくなってきて、外注さんたちと手を取り合って、一緒にやっていきましょう、という流れになってきたんだと思います。そこで「クリエイターズ・ハブ理念」が生まれた。
鈴木:その理念ができた時、「全社的にこれをやっていくんだぞ」みたいになっていたけど、私たちは自分で作る方が多かったので、全然ピンと来てなくって。ただ、デザイン部でも色々な仕事にいっぱい関わっていこうという方針になり、外注クリエイターさんも増やしてディレクション業の方が忙しくなっていきましたね。
━━ 営業企画部はどのようにして誕生したのでしょうか?森:「これをやってください」って、落ちてくるものをキャッチする営業もあるけど、営業企画部は「これをやりませんか?」って提案して、予算を頂いて作りますよ、っていう形。たとえば、「なんか面白いことしたいんすよねー」っていうメーカー担当さんってめっちゃくちゃいるんです。
百瀬:あるあるある。わかるわかる。
森:でも、「じゃあ、これやりません?」って言う人がいない。でもウチには作れるクリエイター達が沢山いるので、その提案が具体的にできるんですよ。
百瀬:「仕事が仕事を呼ぶ」というのも営業だし、自分から提案していくのもどっちも営業だよね。
森:社内に創作できる人が沢山いることを理解して、もっと外に出て行ってもいい。そういう動きをできる人が増えたらいいなと思っていました。そこで社長の提案を受けて、部署として独立した形です。
鈴木:実は森さんの影響を受けてデザイン部も営業の仕方が変わりました。もっと提案していこう、みたいな。
━━ 部長の皆さんが考える、キャリアを築く上で大事なことは何でしょうか?鈴木:デザインスキルを活かして、ディレクションができるようにならないとキャリアアップは難しいと思います。あとは想像力や調整力、コミュ力。
百瀬:その通りだと思います。イラストにおいても大先生を目指すのも構わないけど、茨の道なので。ディレクションが出来れば市場価値も上がるし、AIが出ても判断する側の仕事は残ると思いますし。
北川:2026年の時点ではそう思ってたんだねぇ……みたいになるのかもしれないけどね?
百瀬:なるのかな!? そのうちAIに全部任せるのかもね。でも、全部AIだと嫌な部分もあるじゃないですか。
北川:持論なんだけど、僕は人間は絶対に、やりたいことしかやらないと思ってるんですよね。やりたくないことは、なんやかんや言い訳をつけてやらない。でもだったら、やりたいことだけで成立させる努力をした方が効率的じゃない? って思ってますね。少なくともコンテンツを作るうえではコミュニケーションスキルも大事だけど、やりたいことに正直であることが大事だと思う。
森:「やりたいですか、やりたくないですか」なんて、受け仕事のときには無いじゃないですか。それをどう自分が楽しめるように変化させていくか、という視点もありますよね。
北川:実はそれもさ、そういう仕事をする会社に入った時点である程度フォーカスされているわけじゃん。やれること、嫌じゃないこと、やりたいことのどれかがある会社に入っている、っていうような気はするけど。
森:なるほど。僕は自分で判断して進めたいから、そういう仕事ができるポジションを目指してきた節もある。
北川:イラストも、誰かの指示で描くのは好きじゃないんですよね、っていう人は多分ウチには来ない。誰かのお題を解決することに喜びを感じる人が工画堂には来るんじゃないですかね。
百瀬:うんうん。
━━ 部署として、仕事をする上で大事にしていることはありますか?森:関わった全ての人がハッピーになること、しかないです。
百瀬:そうなんだよね。
鈴木:いつも言ってるよね。
森:クライアントもスタッフもお客さんも、良かったって言って終わる。それでまた森さんと仕事したいですって思ってもらうのが毎回の目標なんです。それをキープできていれば、多分次も仕事ができるんですよ。
北川:喜世子さんにお願いしたい、百瀬さんに描いて欲しい、っていう名指しの指名ってあると思うんだけど、会社ではなく「個人」に依頼が来ちゃう問題については、どのように考えますか? みなさん。
森:僕はむしろその状態をずっと持ち続けていたいんですよ。すると部下は僕が長年時間をかけて培ってきた信用を初手から持った状態で始められるので。
北川:確かにそうかもしれないね。でも一方でお客様から「今日は森さんは出てきてくれないんだ……」みたいな感じでガッカリされることがあって。これが多分喜世子さんとか百瀬さんの周りでもきっと起きてると思うんですよね。
森:でもそれがあれば、本来信用を築くのに10年かかったりするのが、5年に短縮できたりするので。仕事で大事なのは輪の中に入るってことですから、やっぱり。
北川:そういうメリットがあるんだ。
鈴木:デザイン部は個人の名前は出さず、工画堂スタジオでお受けいたしました、みたいなやり方を結構大事にしてるかも。
百瀬:僕のところは両方あるね。僕一本釣りで指名したいって場合ももちろんありますよ。でも、そんなのって年中ないんですよ。だからチームとしてやるのはありますね。クライアントからも「百瀬は居ないのかよ」と思われないように、後輩と並走しながら徐々に移譲していくようにしています。
鈴木:話を戻すと、私が大事にしているのは、興味を持って面白がってやること、機嫌よく仕事をすること、相手への誠意。の3点ですね。一番大事なのは相手への誠意で、どうやったら喜んでもらえるか? が全てなんだけど、それをやるために前の2つがあるっていうか。楽しんでやれないと楽しいものが作れないし、イライラして作ってると誠意も表せないし。
百瀬:それ! 僕も言ってたってことにしてよ(笑)相手に対する誠意・配慮はめっちゃ重要ですよ。結局人は感情の生き物なんで、いくら仕事ができても振りたくない人っているので。松下幸之助さんも「お前は愛嬌があるんか」って言ってたよね。愛嬌も誠意のあらわれだと思う。
━━ なんか皆さん、すごい心の根っこの話ですね……北川:あんまり企業っぽくないかもしれないね、言ってることが。大丈夫かな?
百瀬:歳を重ねてくると、だんだん抽象的な回答になってくるものだよね。「人間大事」とかね。結局そこなんだなってわかってくるんじゃないですか。
━━ 社長から「この25年間で最重要視してたのはワンフロア化だ」という発言がありました。鈴木:四谷オフィスに統合できたときに社長は本当に嬉しそうだった。でも、統合した当時はもう「名前もわかんないメガネの人」……みたいな。ギクシャクしてたし、壁も厚かったと思う。自分の部署の列しか通れないみたいな。だけど徐々に「会議をやろう」とか「横断プロジェクトを作ろう」とかで徐々に壁が低く薄くなったかな。
北川:今思い返すと、確かに、結構時間がかかったかもしれないね。
鈴木:徐々に新しい人達が入ってきて、そういう、そもそも壁が見えていない人達が自由自在に動くことで壁が低くなったなと思います。
森:俺もワンフロア化に賛成派です。最初のころ個人的に嫌だったのはデザインとソフトで完全に分かれていて、他部署の社員の名前を覚える気すらないし、覚える必要もない、みたいな。それが行き過ぎると、居心地の良い小さな集まりに甘んじるようになってしまう危険もあるので。みんなが集まっているのはそういう意味で良いなと思っています。
北川:阿佐ヶ谷&高円寺時代と比べると、閉鎖感みたいなものはだいぶ無くなってきたと言えるかもしれない。でも……2フロアくらいが個人的には良いかな。
百瀬:そう! 同意見。BtoBとBtoCで、時間の流れが違うんですよ。例えばイラストなら1週間単位で納期が来るけど、ソフトは1年とか。こっちは納期が迫ってて「さあ仕事頑張るぞ」ってときに、隣の部署の人たちがのんびりマンガ読んでたり席でカップ麺食ってたりするから。ある意味テレワークがそこを解消してくれたよね。今の出社とテレワークの併用がいいバランスなんじゃないかなって気はしますけどね。
━━ 最後に、部長の皆さんは工画堂の未来をどのように描きますか?
森:DA(デジタルアート部)は絶対的にディレクション力をブランドにしていって、最終的には作家マネジメントの最もレベルの高いプロダクションに進化していくべきだっていうふうに思ってて。
百瀬:まあそうだね。
森:デザイン部は、大手ではできない、きめ細やかなサービスを継続していく。ソフトは、わかんない。
北川:え!? びっくりした!
森:ごめんなさい。PCゲーム黎明期から工画堂スタジオはゲームメーカーとして居るわけですよね。そういう意味での歴史があるから……北川さんのこだわりもありそうで、なんか、こういうのがいいんじゃないですか、とか言ったら、理由なく否定されそうじゃん。
北川:そうですね。理由なくいきますよ。
鈴木:ただただ言い返したいっていう。
森:営業企画部は僕と同じ動きをできる人を一人でも増やすっていうことを目標にやっています。
百瀬:DAは一応右肩上がりで成長しているけど、ずっと右肩上がりで成長するかどうかは分からないですからね。工画堂はオリジナルのIPが当たるかどうかが、爆発力が出るかどうかの大きな要素かなと。当たっているときのパワーは凄いですから。人材の応募とか、ガバーッ! って来るから。あと「売れた!」っていう会社の「ドーン!」とした感じが気持ちいいんですよ。知ってくれている人が増えるということは、採用にも営業にも効いてくる。ゲタを履いた状態で始まるので。だからソフトが当たらないとね、駄目なんだよ。
北川:知る人が何万人、何十万人になりうるっていうのは結構大きいよね。僕は「変わらないこと」が存在意義になると思っています。昔は正直、そんなことを言う人に「何言ってんの」って思ってたんですよ。でも、実は変わらないためにはずっと変わり続けないといけない。工画堂がずっと変わらないためには、時にはソフトが良くなり、時にはBtoBが良くなり、ソフトが売れなくなったらグッズを売って凌ぐとか、手を替え品を替えしながら、ずっとそこにいるということは変わっていない、っていう状態を作れるっていうのが、結構かっこいいんじゃないかなっていうふうに最近は思ってます。
鈴木:デザイン部はたぶん110年前とそんなに大きく軸は変わってないので、方法は違えどそのまま先人たちの想いを継いでいきたい。近い未来で言うと、AIさんが普通にお隣に座るような時代になるんだろうから、そんな状況も「面白いね!」って言いながらモノ作り、コト作りを続けていられる会社だと楽しそうですね。でも、全然違う業態になって「カフェ工画堂」だったり「工画堂工務店」になったりしてもいいので、未来の人にお任せします。頑張ってください(笑)
━━ ありがとうございました!