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「とはいえ、その前にテストをしなくてはならない方が、数人います」

 白衣を着た女は、この場を取り仕切るほどの身分や、物腰の落ち着きから考えてみても、年相応の一般的な女性とはかけ離れていた。まだ充分な張りのある滑らかな肌だけをとっても、彼女が未だ三十歳にも届いていないことを示している。
 言葉遣いこそ丁寧だが、どこか見下したような響きが、彼女の言葉の端々から滲み出ているようだった。それに気づいた者が、少なくともこの場には三人ほどいた。しかしその全員が、それを顔に出すほど愚かではなかった。

「アキラ・ツキカワ」

 壁にもたれかかっていた少年、アキラ・ツキカワが、わずかに手を挙げ、姿勢を正して前に出た。年の頃はせいぜい十代の半ばだろうが、この場にふさわしいだけの落ち着きと、ふてぶてしさがその少年にはあった。

「そしてアロイス・トイフェル……と、あなたがアイ・マツオカね。彼に伝えてくれる?」

 最後に入ってきた少年と少女、アロイスとアイが、顔を見合わせ、二人揃って立ち上がった。少女はアキラとほぼ同じくらいの歳だろう。少年は、その少女よりも一回り下といったところか。
 艶やかな黒い髪の少女と、銀糸で編まれた織物を思わせる、美しい銀髪の少年。二人は、名前や髪の色や顔つきで、一見して人種が違うとわかるが、その表情はよく似通っていて、姉弟と言われてもなんとなく納得してしまいそうな雰囲気がある。
 そしてアキラと同じように、二人ともが妙に落ち着き払っていた。アロイスの浮かべている冷笑ともとれる微笑みは、少年の知性を窺わせた。

「あなた達二人は正式に国家から認められているから、テストをする必要はないわ。こちらへ」

 わずかにくだけた口調を装い、女は自らも一歩前に出て、三人が立っていられるスペースをスクリーンと自分の間につくった。
 アキラは面白くなさそうに肩をすくめたが、素直に従った。
 アイはアロイスと向き合い、手話でジーンの言葉を伝える。アロイスはにっこりと微笑み、その意志を伝えるかのようにアイの手をそっと握り、アキラの後へ続く。アイは当然のように、アロイスの後ろに影のように付き添った。

「さて、残った三人についてだけど、あなた達には一つ、テストをしてもらいます」

 さきほどまで青年と話していた中年の男が、にやりと笑みを浮かべ、尋ねる。

「この歳になってテストね……で、いったいなにをやらせるつもりなんだ?」

 男はゆっくりと歩きながら、女の方へ近寄った。歳は五十を過ぎた辺りだ。まばらに白髪の混ざる髪は、油っぽいポマードで塗り固められている。無精ひげの残る口元、そしてそこから覗いた歯は、所々抜け落ち、残ったわずかな歯も、薄黒く変色していた。みすぼらしいスーツと合わせ、ホームレスかなにかの類にしか見えない。

「私達が求めているのは、レス系、もしくはアンチ系と呼ばれている異能者であることは、知っていますね? 最初にそれが条件だと提示したはずです。そして――」

 女は、スクリーンの端末装置の脇に置いてあった一丁の銃を、手にとってしげしげと眺めた。

「それを見極めるために、これを使います」

 男は足を止め、顔をわずかに歪めた。

「そ、そんなもので……なにをするんだ?」
「これであなた達を撃つのよ。あなた達が私達の望む異能者なら、平気でしょう?」

 女は、今でははっきりとわかるほどに微笑んでいた。ただし、口に出された言葉と内面の思いには、だいぶ温度差があるようだった。

「とはいえ、私が撃つわけにもいかないから」

 女はくるりと振り返り、アロイスと――より正確に言うのなら、アイと視線を合わせた。しかし……アイは耳を潜め、白く濁ったような瞳を虚ろにさまよわせ、女がいる辺りをぼうっと眺めていた。アロイスが耳が聞こえないように、アイは目が見えないようだった。女はそれを承知で、声を張り上げる。

「アロイス。あなたが撃ちなさい」

 アイがそれを聞き、すぐさま答えた。

「……なぜ、ですか?」

 そう言いながら、少女は手話でさきほどの女の言葉を少年に伝えた。アロイスは一瞬戸惑ったように目を細めたが、すぐに、さきほどからの変わらぬ微笑を顔に張り付けた。そしてアイの手を握り、なにかの合図のように、軽く二度、力を入れた。

「何故かは、あなた達が一番よく知っているでしょう?」

 アイは、わずかにためらった後、アロイスにそれを伝えた。アロイスはわずかな時間思案し、アイの手を包むように自分の手を重ね、さきほどの彼女の手話のような動きを、鏡で映したように逆の動作で行った。それがアロイスからアイへのコミュニケーションの方法なのかもしれなかった。
 そしてアロイスからの返答を、アイはおごそかに口にした。

「おっしゃっている意味がわかりません」
「……そう。でも、困ったわね。私が撃つわけにもいかないし」

 白々しい口調で、女は首を傾げた。それを見ていたアキラが、女とアロイス達の間に割って入る。

「なら、俺が撃とうか?」
「助かるわ。銃の扱い方はわかる?」
「触ったことはないけど、なんとなくはわかる」

 女は安全装置を外し、惜しげもなく銃をアキラに渡した。

「へえ、これが本物の銃か。今下げたレバーが安全装置? もう撃てる状態?」

 アキラは、あっけらかんとした調子でそう訊いた。女の言うように彼らが異能者であったのなら、なにも憂慮することはない。それも確かに真実だったが、アキラがただ、好奇心からその銃に触れているだけではないか、とその場にいる誰もが思った。
 買ってもらったばかりのオモチャで遊ぶ子どものように、アキラは銃を指で回したり、銃口をのぞき込んだりしている。

「アキラ・ツキカワ。安全装置は外れているのよ」
「ん? ああ、危ないんだっけ」
「あなたではなく、周りの人間がね」

 呆れたような口調ではあったが、女の声にも緊張感はない。

「で、まずは誰を撃つ?」

 すっ――と、アキラの腕が伸ばされた。その銃口はまっすぐに中年の男へと向けられている。さきほどまでの冗談めかした表情はすでに消えていた。細められた目がオープンサイトを覗き込んでいる。二つの点は正確に、数メートル先にある男の顔に合わせられていた。
 そこに殺意と呼べるほどの感情は存在しない。ただその引き金を引くというわずかな運動が、その男を殺そうとしていた。

「ちょうどいいから、まずはあなた――」

 サイドテーブルからファイルの束をたぐり寄せ、女はその男の名前を読み上げた。

「ザッカリー・トルーマン。あなたから」
「お……おい、本当に撃つんじゃないだろうな!」

 男の声は、震えていた。数秒間二人は見つめ合ったが、先に女が目をそらした。そしてゆっくりとアキラの腕に触れ、その銃口をわずかに下げさせた。

「トルーマンさん、あなたは帰っていいわ。次――リタ・ベイカー」

 トルーマンは一瞬にして、大金を手にするチャンスを失ったことを知り、顔を赤黒く染めて小さく唸った。壁際で食い入るようにその様子を見つめていた少女も、女から顔を背けた。

「二人とも、帰って良いわ」

 女は、ファイルに目を落としたままそう言った。アキラはそれを見て、残念そうに銃を降ろした。

「くそ……お前ら、狂ってるんじゃないのか?」

 男はそう吐き捨て、ドアから出ていった。リタ・ベイカーと呼ばれた少女は、ドアと女の間で視線をさまよわせ、同じように外へと出た。

「最後、ウォルシュ・クーパー」
「やっと俺の出番か」

 アキラやアイよりも一回り年上の青年が、ジーンの前へ進み出た。リタと同じ、ストリートキッズのような雰囲気をわずかに残していたが、それだけではなさそうだった。

「やっぱりさっきのおっさんは偽物だったか」

 と呟く声にも、余裕のようなものが窺える。

「あんたは撃っても良さそうだな」

 アキラが面白そうにそう言って、銃口を再び目の高さまで持ち上げた。照準は、正確にウォルシュの頭の中心を指している。

「ウォルシュ、構わないわね?」
「好きにすればいい」

 ――とウォルシュが答え終わった次の瞬間、銃声が部屋にこだました。続いて“ギイイイイ”という、金属の擦れるような激しい音が途切れることなく鳴り響く。アキラとウォルシュのちょうど中間辺りの空間で火花が散り、その激しい金属音が止むのと同時に、消え失せた。
 その場にいる誰もが、わずかな時間、沈黙した。

「……ほんとに撃つとはな。弾も抜いてるとばかり思ったが」

 あまりに大きな音だったために、一時的に耳が聞こえにくくなっているのだろう。張り上げるような大きな声だ。耳の辺りを抑えたまま、ウォルシュはアキラをにらみ付ける。

「だってあんた、異能者なんだろ?」

 同じように耳に手を当てながら、アキラはからかうように言った。その口調にウォルシュは苛立ちを覚え、隠そうともせずに答える。

「お前は撃つ前からわかっていたはずだ」
「わかってたからだよ。撃ちたかったんだ。せっかくだから」
「……サイコ野郎が」

 悪びれないアキラの様子に諦めたのか、ウォルシュは白衣の女に向かって続けた。

「これで証明されたろ。さっさと話を始めよう。くだらない茶番はたくさんだ。俺は大金が手に入るって話でここに来たんだ。こんな風に試されるためじゃない」

 しかし白衣の女もアイも、ウォルシュ達と同様に耳に手を当て、音の残響を振り払うかのように首を横に振った。唯一の例外はアロイスだったが、彼は音から目を背けなかった分、銃弾が消滅した時の閃光を直視してしまっていた。そのせいで瞼に張り付いた残光に、目を細めている。
 しかし実のところ、銃弾は消滅してはいなかった。アキラとウォルシュの中間地点に、金属でできた砂のような破片が、ちりぢりになって積もっている。

 ひときわ早く音の影響から立ち直った白衣の女が、満足げに辺りを見回し、言い放った。

「さて、これからが本当の始まりね」