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「私はジーン。この施設の責任者よ」

 白衣の女は、スクリーンの端末装置を操作をしながらそう名乗った。
 スクリーンが程良く見える机の前に、アキラ、アロイス、アイ、ウォルシュの四人が並んでいる。

「まず、あなた達にはこれを見てもらわなければならないわ」

 部屋がわずかに暗くなり、スクリーンに美しい星図が表れた。

「これが地球。私達の住む星ね」

 面白くもなさそうに、ジーンは続ける。

「そしてこの星に今、危険が迫っているの」

 星図が消え、ごつごつとした表面の天体へと、画面が切り替わる。

「約五週間ほど前、地球に向かって飛来する巨大な隕石を、我が合衆国の誇る、優秀な衛星が察知した」

 画面に大きく映し出されたそれは、隕石と呼ぶよりも、小惑星と呼んだ方が良い代物かもしれなかった。

「わかりにくいかもしれないけど、この隕石は、直径が約130キロメートル。地球の百分の一ほどの大きさよ」

 信じられない、といった表情が全員の顔に浮かぶ。

「私達の出した計算が正しければ、地球と正面からぶつかることになるわ。確率は……100%にわずかに欠けるくらいかしら」

 自嘲的なつぶやきの後、ジーンは淡々と続ける。

「これが地球に衝突した時の被害は……話さなくてもわかるわね」

 四人は専門家ではなかったが、皆一様に問題の深刻さは理解できた。
 いや、理解というほどの認識も、実際のところはなかった。どれだけの被害が出るか予想しろ、といったクイズを出されとしたら、そう予想するだろうという、単に彼らの知識がはじき出した、単純な答えのようなものだった。

「これを破壊できる兵器は、今のところ地球上には存在しない。世界に現存する原子兵器を全て打ち込んだとしても、粉々にするのがやっとというところね。その場合も、一片が数キロメートル以上の隕石が無数に降り注ぐだけ。人類にとっての未来はさほど変わらないでしょう」

 その言葉が皆に浸透するのを待つかのようにいったん区切り、ジーンは再び話し始めた。

「そして、地球が助かる唯一の方法は――」

 スクリーンに、壮麗なシャトルが映し出される。

「あなた達をシャトルに乗せて、隕石に向かって打ち出すことなの」

 ジーンは、さらりとそう言ってのけた。
 数十秒間の空々しい沈黙の後、最初に言葉を発したのはアキラだった。

「あんた、馬鹿だろ。本気でそんなこと言ってんの?」
「本気よ」

 ほとんど間もおかず、ジーンは答えた。

「それしか方法はないの」
「ちょっと待て……あなた達を乗せて、とさっき言ったな」

 ウォルシュが割り込むように声を上げた。

「あなた達とは誰だ? ここにいる四人のことか?」
「いえ。あなたたち三人のことよ。アイは残念ながら、私達の求める異能者ではないから」

 名前を呼ばれた本人はわずかに顔をそちらに向けたが、話に混じる気はないらしく、アロイスに向かって手話で会話を伝えるのみだった。

「おかしくないか? この国にだって、何人か異能者がいただろう?」
「全て逃亡したわ。事前に情報をリークした者がいたから」
「どこの馬鹿だ、そいつは」
「アロイス・トイフェル」

 ジーンが名を告げた人物に、アキラとウォルシュの視線が集まる。アロイスの横にいたアイでさえも、驚いたかのように、アロイスの手を握る指が強ばった。

「その件については、反論の余地がありますけどね」

 わずかにくぐもった、しかし確実に聞き取ることのできる言葉が、思いもしない人物の口からこぼれた。

「あんた、耳が聞こえないんじゃなかったのか?」

 アキラが尋ねるようにそう言ったが、アイとのやりとりを間近に見て、ウォルシュも同じように考えていた。

「ええ、聞こえませんよ」

 そして、アイとの手話を経ずに、今度もはっきりとアロイスは答えた。

「なんだ、やっぱり聞こえてるじゃないか」
「……見えているんですよ。あなたの唇の動きが。そういう訓練をしましたから。そして、こうして話せるだけの訓練も。僕の場合、生まれた時から耳が聞こえなかったわけじゃないですから」

 発音にわずかな違和感は残るものの、そうして正確に受け答えする様は、アキラやウォルシュには不気味に映った。

「そして、問題の情報のリークですが、僕はなにも情報は流していません。あなたたちと同様、僕も何も知らされてはいませんでしたから。隕石や地球の危機なんかの馬鹿げた話は、ここに来て初めて知りました」
「……あなたが知人と電話で話した内容、それ自体が問題だったのよ」

 低く小さな声でジーンは呟いたが、どのみちアロイスには聞こえていなかった。彼はジーンの唇の動きを読み、どんな言葉を発したかを推測しているだけだ。

「その友人が、僕と同じ種類の異能者だったからですか?」
「加えるのなら、それが合衆国の要職についている人物でもあったから」
「……そして、ピーター・フランクリンの友人でもあった」

 囁くように、アロイスがさらにそう付け加える。
 ジーンは一瞬なにかを言おうとして、いきなり語調を変えた。アキラがなにか言いたげに口を開こうとしたが、それを遮るようにジーンの声が響いた。

「過ぎたことを言っていても仕方がないわ。とにかく、今ここにいる三人と、こちらで用意したもう一人の異能者、合わせて四人が全てよ」
「それで? その四人全てをロケットに乗せて、打ち出そうってのか?」

 アロイスから視線を外したジーンに、強引に視線を合わせてウォルシュはあざ笑った。

「殺されてたまるか。俺は降りる。金の話も嘘だったみたいだしな」
「無理よ」

 早くもドアに向かって歩き出していたウォルシュの背中に、ジーンは無慈悲な言葉を投げかける。
 ウォルシュは足を止めたが、振り返らなかった。

「この区画と他の区画を隔てるシャッターは、すでに閉じているわ。アロイスがこの部屋に入ってすぐにね。世界が滅びるまで……もしくは救われるまでは、ここからはどこにも出られない」

 ウォルシュは、一瞬にしてここが地下深くにある施設だという事実を思い出した。エレベーターで深く深く地中へと降り、ここまで続く、迷路のような長い道のりを歩いたことを、思い出していた。しかし無理矢理にその記憶を押し込め、くるりときびすを返し、ウォルシュはジーンに詰め寄ろうとする。

「お前を殺してでも出てやるさ。シャッターとやらを開けろ。死にたくなければな」

 アキラは割って入ろうとする素振りを見せたが、一瞬の判断の後、その動きを止めた。アロイスはそれを冷ややかに見ている。

「それも無駄よ」

 ウォルシュの手が伸ばされ、ジーンの身体に触れる直前、彼女は冷たく言い放った。怯えや強がりが全く存在しないかのような冷静な言葉に、ウォルシュは手を止める。

「全てが終わるまで、中からは操作できないようになってるのよ。当然の処置だと思うけど。あなたのような考えをもつ異能者が出ることは、こちらも予想はしていたから」
「……腹いせに、お前が殺される可能性は考えたか?」
「そこまでは考えてなかったわね」

 ジーンは、まるで他人事のように答える。ウォルシュは、のばしかけた手を引っ込めて、手近な机の上に腰を下ろした。

「だが、俺達が素直にロケットに乗るとでも思ってるのか?」
「三つほど、良いニュースがあるわ」
「……へえ、それはありがたいね」

 反抗的なウォルシュの言葉など歯牙にもかけず、ジーンは事務的に続ける。それがまたウォルシュを苛立たせたが、激高するまでには至らなかった。

「一つ目は、四人の内、二人がシャトルに乗れば構わないということ」

 その言葉を受け、明らかに室内の空気が変わる。

「二つ目は、その内の一人は、こちらで用意した異能者が乗ることが決定していること。そして三つ目は……」

 ジーンはこの状況で、笑みさえ浮かべていた。

「残り一つの枠に誰が選ばれても、こちらが提示した報奨金は全員に支払われるということ」

 三人の異能者の脳に、ジーンから提示された新たなファクターが、ゆっくりと浸透していく。とりわけ三つ目に反応したのはウォルシュだけであったが。

「……つまりは、僕達三人の内、一人がシャトルに乗り込めば、それで世界は救われると?」

 アロイスは、アイを除く全員の口の動きを観察し、誰も話し出さないことを確認してからそう言った。

「ええ、そういうこと」

 ジーンは鷹揚に頷き、面白い冗談でも言うように続けた。

「もっとも、四人全員がシャトルに乗れば、それだけ成功率は増すことになるから、三人目以降も大歓迎よ」
「へえ……それで、その成功率とやらは、どのくらいなんだ?」

 どこかジーンに似て、他人事のようにも聞こえるのんびりとした声で、アキラが尋ねた。

「確率では言い表せないわね。シミュレーションの結果で良いのなら、二人でほぼ九割、四人でほぼ十割といったところ」
「すでに決まってる異能者一人だけだと?」
「五割を切ることになるでしょう。とても、世界の命運を賭けたくなるような確率とは言えないわね」

 うんざりしたようにウォルシュは肩をすくめ、確信をついた質問をぶつけた。

「それで、どうやって決めるんだ? この三人の中から、その一人を」

 ジーンに視線が集まる。しかしそれを気にする様子もなく、彼女は答えた。

「それも全て、あなたたち三人が決めるのよ。全員が納得する方法で」
「……はあ?」

 全ての責任を放棄したかのような言葉に、ウォルシュが露骨に眉をひそめた。

「期間は、今日を含めて六日間。七日目の朝、決められた人物がシャトルに乗り、隕石に向かって打ち出されることになる。あなた達はシートに座っているだけでいいから、なにも特殊な訓練はいらないわ。残された時間全てを使って、有意義に話し合い、決定するのよ。なにか質問は?」

 質問が無いわけでは無論なかったが、誰もが押し黙り、各々の思いを秘め、ジーンを見つめていた。

「ないのなら、最後にあと二つだけ用事を済ませて、それから今日は休むことにしましょう。いろいろと考えることもあるでしょうから。アキラとウォルシュは、昨日まで使っていた部屋をそのまま使って。アロイスとアイは、それぞれ割り当てた部屋へ後で案内させるわ」
「……ちょっと待て」
「なに?」
「誰もが納得しなかったら? その仮定を話してないだろ」

 ウォルシュは凄むように声を低くしたが、ジーンが気にもとめないことは、すでに彼にもわかっていた。ただの習慣でそうしてしまっただけだったのだろう。

「そうしたら、五割の確率で人類が滅ぶ、ただそれだけよ」

 端末装置のサイドテーブルに置いてあった紙の束を、とんとん、と机に叩きつけ、ジーンは壁に備え付けられた内線の受話器を手に取った。

「話は済んだわ。あれをお願い」

 簡潔にそれだけ言って受話器を置き、ジーンは皆に向かって微笑みかけた。