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しばらくは、誰もが無言だった。今すぐにでも決める作業に入りたいという気持ちもどこかにはあったのだろうが、あまりにも事態が大きく、確かにジーンの言う通り、考える時間も必要だった。
しばらくしてドアが開き、一人の少女と白衣を着た男が室内へと入ってくる。
ジーンはそれを確認して立ち上がり、すっとその少女の横に立った。
「紹介するわ。これがもう一人の異能者。シャトルに必ず乗る一人よ」
「へえ、それが偽善者の面か。で? 挨拶でもしろって?」
「その必要はないわ。この子もそんな無駄なことはしないし、あなた達がしてもわからないでしょうから」
ウォルシュとしては面白くないことに、彼の嘲りの一つ一つが、全くの空回りに終わっていた。それに関しては、ジーンはウォルシュよりも何枚も上手と言わざるを得なかった。もっとも、このような状況を生み出した本人であろうジーンと比べるのは、ウォルシュにとっては酷だったろうが。
「わからないとは?」
アロイスが、ジーンの唇を見つめながらそう尋ねた。
「この子には、心なんてものが存在しないから。まだ目覚めて間もないのよ」
目覚めて、という表現にアロイスは引っかかりを覚えたが、それを尋ねるより先にウォルシュが口を開いた。
「どう見たって、十歳かそこらはいってるだろう。それに、心がない?」
少女は、ウォルシュの言う通り、十歳程度の背格好をしていた。しかしその顔に表情と呼べるものはなく、だらりと降ろされた腕には、所々ほつれたウサギのぬいぐるみがしっかりと握られていた。そのぬいぐるみを普通に抱きしめていたのなら、そのくらいの歳の少女としてなんらおかしくはない。しかし長い耳の中ほどを無造作に掴み、ぶらぶらとそのウサギを揺らしている様は、心がないというジーンの言葉にも、頷けるだけの狂気めいたものを孕んでいた。
「この子は、シャトルに乗るためだけに作られた存在だから」
ジーンが、ぽんぽんとその少女の頭を軽く叩くと、少女は今までの無表情をやめ、にっこりと微笑む。
その笑顔は純粋で、無垢で、どんな不純物も混ざってはいなかった。しかしそれこそが、アロイスの顔を背けさせた。ウォルシュはどう判断して良いのか迷い、結局それ以上のコメントを避けた。
そしてアキラは、ここに来てから初めてともいえる真剣な表情で、その少女の顔を食い入るように見つめていた。
「……そいつ、名前は?」
「サイファ」
「インドかどっかの言葉で、数字のゼロだっけ?」
「ええ、そうよ」
アキラはその答えに対し、半ば聞いてもいないような表情でかろうじて頷き、その少女から視線を逸らそうとはしなかった。
「この子がどうかした?」
「こいつ、どうやって生まれたんだ?」
「それを聞いてどうするつもり?」
「どうもしない。聞きたいだけだよ」
サイファという名の少女は、そのアキラの視線を正面から受けても、微動だにしなかった。まるで自分を見つめている誰かがいることに気づいていないかのように。もしくは、誰か、とか、見られている、という認識すらもなかったのかもしれない。
しかし、では先程の笑顔はなんだったのだろうかと、アキラは疑問に思った。
「話せることはあまりないわね……もういいかしら? 次に進んで」
もう一つの用事とやらに移りたいのか、ジーンはわずかに苛立ちを込め、アキラとサイファの間に立った。
「ああ、いいよ」
ジーンの予想とは違い、意外にもさらりとアキラはそう答えた。そしてようやくサイファから視線を外し、物思いに沈むようにうつむいた。
ジーンはそれを確認し、サイファを連れてきた白衣の男に目配せをする。男はそれを受け一度部屋の外へ出ると、すぐさま戻ってきた。後ろに、十数人ほどの女性を引き連れて。
その女達は皆、黒と白を基調とした衣装に身を包み、家政婦かメイドといった風情だった。歳はまちまちで、五十をとうに越えているであろう、気品のある初老の女もいれば、まだ年端もいかない少女もいる。
ただ、ひときわ目を引いたのが、厚い化粧をし、身体のラインを強調するようにその服を着こなす、まるで娼婦のようなちぐはぐな印象の女達だった。ジーンを除けばウォルシュだけがわかっていたが、その妙に浮いた数人の女は、本物の娼婦で間違いなかった。
「これから、あなた達の世話をするために用意されたメイド達よ」
ジーンは壁際に並ばせた女達の前を歩きながら話し続ける。
「この中から好きなメイドを選び、身の回りの事を任せるといいわ」
ジーンは立ち止まり、その時目の前にいた一人の少女の顎に指をかけた。
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