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「昨日の話し合いはどうだった?」

 ジーンはおかしそうにそう言い、アロイスがなにか返そうとするのを見越してか、軽く手をあげてそれを制し、続けた。

「もう少し具体的な話し合いまでいけば良かったんだけど、それは今日これからの話になりそうね」

 どこで昨日の話し合いの結果を? と不思議に思ったのも一瞬だった。部屋の隅に視線を向ければ、会議室にはいくつかの監視カメラが設置されていてるのが見えた。隠す気もないようだ。

「……ええ、時間は確実に少なくなっていますが、僕達はまず、お互いを知ることが必要です」
「そう言ってるのはお前だけだがな」
「一応俺も賛成してるけど」

 ウォルシュの呟きに、一応反論はしておく。せっかく面白いことになりそうなのに、わざわざ昨日と同じ展開で時間を潰すことはない。

「仲が良いな。その調子で多数決なんて馬鹿な方法を――」
「それも一つの手だよ。ウォルシュ・クーパー」
「……三人の内の二人が手を組んだら決まってしまうような、そんな方法が?」
「あなたには、人と手を組めるだけの才覚を期待しています」
「それを才覚だと断定するところが、まだ若いな」
「どういたしまして。あなたも充分若いですよ」

 相変わらず、二人は仲が悪い。

「またそうやって無駄な時間を過ごすつもり?」

 ジーンも、やや呆れて間に入る。

「今日はとくにこちらから話すことはないから、私はこれで失礼させてもらうけど」
「どうぞ。無駄口を叩いているように見えるでしょうけど、僕達にはこんな時間も必要なんです」
「だから、そう言ってんのはお前とアキラだけだろ」
「一応補足しておくと、その意見に賛成をした覚えはないけど」

 ウォルシュとジーン、そして一瞬遅れてアロイスがこちらを向いた。

「話し合うのには賛成だが、昨日の繰り返しはうんざりだ」
「それは……そうですね。ですが、罵り合いも、話し合いには変わりませんよ。僕とウォルシュは、少し変わったコミュニケーションを取っているだけです」

 アロイスが、自分では聞くことが出来ない声を、どの程度抑制できるのかはわからない。しかし、少なくとも呆れた調子はなく、心からそう思って話している感じを受けた。聞こえる聞こえないの問題以前に、案外本気でそう思っているという可能性もありそうだ。

「まあ、とにかく話をしよう」

 三人をまとめる役割はアロイスに任せたつもりだったが、多少の介入が必要な時もある。しっかりしているように見えて、意外とむきになるような、子どもっぽいところがアロイスにはありそうだ。

「私はそろそろ出て行くわね。明日は少し話が長くなると思うから、それも考慮に入れておくように。明日また同じ時間に、同じ場所で」

 ジーンは、そう言い残して会議室を後にした。

 それからしばらく、室内に重苦しい沈黙が流れる。
 サイファは、俺がなにか言うまでじっと椅子に座っているし、アイも必要以上にアロイスより前には出ない。ウォルシュ付きのメイドの子も、昨日の一件以来、ほとんどしゃべらない。
 それぞれになにかしらの思惑もあり、今は思案が必要な時だと、アロイス辺りが言いそうなところだ。

「このままここで黙っててもしょうがないし、俺の話でもしようか。あまり長くはならないと思うし」

 軽く手を挙げ、アロイスがこちらを見たのを確認してからそう発言する。

「……その件についてなんですけど、一ついいですか? ウォルシュも」
「話せ。用件を言わずにいいですかもなにもないだろう」

 意見の提案、という意味での問いかけに、わざわざ皮肉で返すところがウォルシュらしい。頑迷で話が通じないというイメージも確かにあった。
 が……それよりも、そうしたイメージを植え付けようという意志、そして言葉の端々にそれを織り交ぜることのできる知性の存在を、強く感じとれるような、そんな言い方だった。
 なんにせよ、話せ、という言葉には、話を聞く意志があり、それはウォルシュなりの譲歩だった。

「――僕達が話すべき、自分のことについてです。人に触れられたくない過去をもっている者も、中にはいるでしょう」
「自分のことか?」
「あなたのことですよ、ウォルシュ」
「おいおい……決めつけるなよ」
「とにかく、話す内容について、一つだけ提案があります」

 アロイスはそこで言葉を止め、俺の目を見て続けた。

「僕達がここに呼ばれる原因となった、そもそもの能力。レス・アンチに属するどのような力をもっているかを、必ず聞いておきたいんです」
「じゃあお前から話せ。俺はごめんだな。わざわざ自分の力をみせびらかすつもりはない」
「なら過去の話を詳細に話すことができますか?」
「なぜそんなことをする必要が?」
「過去になにがあったかを聞くのが、その人物の人格を知るのに最適な方法であるのは、わかりますよね?」
「そいつが本当のことを話したとしたらな」
「嘘をつくのなら、つけばいい。それは、そういう人物であるというだけのことです」

 その言葉が嘘かどうかを見極める術があるのだとしたら、アロイスの言うこともある意味で正しそうだ。

「ですが……さきほども言いましたが、全てを話すのは難しい場合もあるでしょう。ですから、語るべき内容については話し手に一任します。ただ一つだけ、どのような能力をもっているのか、これだけは話して欲しい、ということなんです」
「なぜ能力を知りたがる?」
「その人が何を強く望んでいるかがわかるからです」

 ――異能者が能力に目覚めるきっかけは、強く願うことだ。

 そんなことが書いてある文献を、どこかで読んだことがあった。昔、自分が異能者として目覚めた時に、その手の本は読みあさった。その中には、様々なきっかけで能力に目覚めた異能者の話が載っていた。
 遠く離れた危篤の家族に会いたいと願った男は、瞬間移動の力を手にいれることができた。もちろん、そんな夢のような話ばかりでもない。檻の外をもう一度だけでも見たい、と願った死刑囚が、壁の外の景色を見ることができる能力を手に入れた。
 しかしその死刑囚は、壁一枚を隔てた、変わり映えのしない田舎道を死ぬまでのわずかな時間、眺めることができただけだった。

 なにかを、強く願うこと。それが能力の発動の第一条件であるのは間違いない。しかし、望めば誰もがそんな力を手に入れられるわけではなかった。そこには未だに解明されていない、第二の資質が必要だとされていた。

「それに、僕達の力は危険であることが多い」

 アロイスは、彼が望む答えの本質を覆い隠すように、おどけた調子で続けた。

「だから、お互いに知っておいたほうが得だと思うのですが、いかがでしょうか」

 俺としては、異論があるわけもない。そもそも自分と、その能力とは切っても切り離せない。というよりは、能力を話す以外に、自分という人間を知ってもらうことはできない。

「俺はいいよ」

 だから、簡潔に答えた。

「ありがとう」

 アロイスの礼も、簡潔だった。

「……まあいい。どうせ俺の能力は、知られたところでどうなるものでもないからな」
「ありがとうございます」

 アロイスがやや慇懃にそう言い、笑顔を見せた。

「じゃ、最初に言った通り、俺から話すよ。あまり長い話でもないし、話せることも多くはないと思うけど」