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「へえ、ここがアロイス達の部屋か」

 いきなり部屋を見回すなんて少し無遠慮だったかもしれないが、口に出した後にそう気づいた。

「で、お願いってなんですか?」

 アロイスはベッドに腰を下ろし、不思議そうにそう尋ねた。

「夜遅くにすまないんだけど……アイって、裁縫できる?」
「……私、ですか?」
「アロイスでもいいけど」
「裁縫って、布を縫う、あの裁縫ですよね? もちろん僕はできませんが……」
「アイは?」
「一応は。でも……ボタンでも取れたんですか?」
「よかった。うん、そんなとこ」

 手にしていたぬいぐるみと、その耳を机の上に置く。

「これは……サイファの物ですか? 彼女がいつも持っているぬいぐるみですよね」
「ああ」

 アイにわかるように、アロイスがわざわざ言い直す。

「ちょっと引っ張ったら、取れた」
「それを直せばいいんですね」
「お願いできる?」
「ええ、それくらいなら」

 アイは、慣れた様子で部屋の中を歩き、ベッドの下に置いてある大きめの鞄から小さなケースを取り出した。

「アロイス……それって、どんな状態?」
「ウサギのぬいぐるみ。耳が完全に取れてる。汚い縫い跡があるから、多分取れたのは初めてじゃない」
「なら、少し太い糸に」

 アイは落ち着いた様子で椅子に座り、手探りでぬいぐるみを掴むと、問題の箇所を丁寧に指でなぞった。

「でも、どうしてアイに?」

 アロイスは、あまり納得していない様子でそう尋ねる。

「ああ、そういうのって、女の子ならできそうな気がして」
「……アイは、目が見えないんですよ?」
「知ってるよ。でも、できるんだろ?」
「そういう意味じゃなく……その、他の人に頼んだりしないで、わざわざ僕達のところに来た理由です」
「ウォルシュのメイドに頼もうにも、断られそうだからな」

 一度はそう考えたが、やはりやめておいた。それに、サイファのことを話すとしても、ウォルシュよりはアロイスやアイのほうが受け入れられやすいだろうという判断もあった。

「内線で、他のメイドを頼むこともできたでしょう?」
「……っと、迷惑だったか?」
「いえ……僕はそういう意味でいったわけではなく」
「いいじゃない、アロイス。私も、お裁縫は好きだし」
「ありがと、アイ」

 素直にそうお礼を言うと、アイは俺の方を向いて微笑んだ。

「……僕が悪者みたいじゃないか」

 普段とは違う、子どもっぽい声だ。アイと二人きりの時は、いつもこんな感じなんだろうか?

「まずは、この糸を取らないとね」

 本当に楽しそうにアイはそう呟いて、それからアロイスに告げた。

「そうだ、アキラさん。なにか飲み物は? コーヒーなら美味しいのがありますけど」
「あ、気にしないでいいよ。直してくれるだけで大助かりなんだ」
「アロイス、コーヒーをお願い」
「わかってる。三人分だね」

 文句も言わず、アロイスはさっと席を立った。

「ありがとう、アイ、アロイス」

 すでに後ろを向いていたアロイスには聞こえなかっただろうけど、代わりにアイが軽く頭を下げた。