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「さっきのさ、ひょっとしてアイが行けって言った?」
「え?」
「サイファのこと。心配だから見てくるように言ったんじゃないの? 机の下で」

 アロイスの心変わりに説明をつけるとするなら、そんなとこだろうか。

「いえ、違いますよ」

 穏やかにアイは否定する。そして、コーヒーを一口飲み、再びアイはぬいぐるみの切れ端を手に取った。

「サイファのことなんだけど……」

 同じようにコーヒーを飲んではみたけど、どうも手持ち無沙汰になり、思い切ってアイに話しかけてみる。

「彼女が、どうかしたんですか?」
「なんで泣いたと思う?」
「……それは」

 手を止め、アイはなぜか言い淀む。

「子どもみたいだし……お腹が空いたとか……」
「一杯食ったばっかりだった」
「眠かったとかも……」
「寝てるところをわざわざ起きて、俺がもってたぬいぐるみを取ったくらいだよ」

 当たり前の問いと、当たり前の答えを期待していたんだけど……。
 アイはなぜか口ごもり、返答を避けているように見えた。

「悲しいってさ、立派な感情だよね」
「……ええ」
「多分そのぬいぐるみは、サイファにとって大事なものなんだと思う」
「そうかも、しれませんね」

 歯切れの悪い答えの理由に、ようやく気づき始めた。アイはつまり、サイファに心があると言うことを認めたくないんだってことが。
 アイは多分優しいから、それを認めてしまったらサイファを無条件でシャトル乗せることに、心から同意できなくなってしまうから。
 いや……考え過ぎだろうか?

「サイファがもし、シャトルに載りたくないって言ったら、アイはどう思う?」

 少し、意地の悪い質問だったか。

「……言いませんよ、彼女は。言えません」
「でもさ、嫌がって泣くことはできるんだよ。それって――」
「やめてください」

 怒鳴ったわけじゃない。
 それほど大きな声でもなかった。
 でも、それ以上聞くことはできなかった。

 代わりに、素直な感想を口にした。

「優しいんだな」

 彼女は黙って俯いたまま、手を動かし始めた。

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