「――聞いていいかな、おばちゃん」
近代的な巨大複合施設である札幌駅の前で車から降り、由菜は運転席に向かって礼を述べたあと、ふたたび口を開いた。冷たい強風にあおられ髪が乱れる。降雪も勢いを増しつつあって、今夜は吹雪になるかもしれないと思った。
「なんだい?」
「もしかして、おばちゃんも“魔女”だったりする?」
“魔女”は、優れた魔法使いの女性を指す言葉なのだと、車中で、セツから聞かされた。
たちまち弾けたような笑い声があがる。
「まさかあ! 見たまんま、わたしゃ肉屋のオバサンが天職だべさ!」
そういって、セツは車内から紙袋を放った。着直したコートの胸に当たり、由菜はあわてて抱き止める。新聞紙に挟まれている広告で作った安っぽい紙袋だった。見ると中には、平べったい円形のおやつ“いも餅”が入っていた。ゆでたジャガイモをよく潰し、片栗粉と混ぜて焼いた、素朴な田舎風の料理だ。
「由菜の好物でしょや、“いも餅”。おばちゃんのお手製」
まだ温かかった。
「……っっ、うん、ありがとう」
「自分でぜんぶ食わずに、明日ご厄介になる先方にもわけてさしあげな」
「そうする。でも、この紙袋はちょっとだせないかなー」
はにかんで由菜は軽口を叩く。笑っていないと、たまらず、泣いてしまいそうだった。
もう泣かないって決めたのに。
東京には母の知りあいがいる。母にいわれた通り連絡をとり、今後その知人の家にお世話になると話がついていた。その知人も、由菜の母と同じく魔法使いだという話だ。まったく、知らなかったが――世界は不思議に満ちあふれている。
知人の家には、自分と同い年の娘もいるらしい。……仲良くできればいいのだけど。
「じゃ、元気でやんなよ。たまには、こっちに戻って顔だして」
ただ黙ってうなずくことしかできなかった。
走り去る軽トラックが完全に見えなくなるまで、由菜はその場から動かなかった。やがて傍らに置いていた革製の旅行カバンを手に、札幌駅の駅舎へふり返る。コートのポケットに手を突っこみ、夜行列車の寝台券と特急券をとりだす。
確認する。二十時の発車時刻が迫っている。
札幌・東京間の距離は1207km。地球の外周40000kmの、約三十三分の一。
そう考えると近いのか遠いのか、わからない。
――そこでわたしは、なにを見て、なにを知るんだろう?
「よしっっ!」
自分に発破をかけ、二枚の券をポケットに戻し、重たい旅行カバンを持ちあげる。
多くのひとに踏まれ固くなった雪面をけり、由菜は駅舎に駈けこんでいった。
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