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 そのOLは、仕事帰りにちょっと飲みにいこうとしただけだった。
 友人数名と携帯電話で約束し、待ち合わせ場所に急いでいる途中、なんだか目つきの悪い若者たちに声をかけられた。いちいち相手にしてはいけない。そんなの常識だ。無視して進もうとしたら、腕や肩を掴まれ裏路地の暗がりへ連れこまれた。
 助けてと声はだした。でも、通行人の誰も助けてくれなかった。そんなの常識だ。
 そして若者たちは姿を変えた。赤い目をした大きな闇色の猿に。
 そんなの、非常識だった。
 服を破かれている途中、意識を失った。いっそ、よかった。目覚めれば悪い夢は終わっているはずだったから。その予想は当たった。ぼんやりと意識が戻り、うっすらと目を開けたとき、周りにあの非常識なものは見当たらなかった。
 ――モデルなみの美貌の十代半ばの少女と、きれいな毛並みの白犬がいた。
 白犬が人間の言葉を喋っていた。
 だから、あわてて目をつむった。まだ悪夢は終わっていない。……眠らなければ!
『そうやって“石”を送り、いつか“螺旋”に招かれれば目的は達せられるのか?』
「ええ“螺旋”は――世界魔法組合の本部施設よ。そこには世界最高の環境とライバルと魔道書がそろっているわ。だから、わたしはなんとしても“螺旋”に呼ばれ、そこでもっと、もっと強くなって、そして……」
 驚いたことに、内容のわからない会話を耳にするうち、彼女は本当に眠ってしまった。
 次に目覚めたのは、巡回していた警官にゆり起こされたときだ。
 辺りには、誰もなにもおらず、どんな痕跡も残っていなかった。
 ただ少女の声だけが耳に残っていた。品があって、勝気そうで、涼やかな声。
『もっと、もっと強くなって、そして』

 夢なのに気になった。『そして』、彼女はどうするんだろう――?